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『BIG THINGS』の感想

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』を読了したので感想をまとめます。

どんな本?

経済地理学者であり「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」であるベント・フリウビヤ氏らによる書籍です。サブタイトルに「どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか」とありますが、本書の価値は「成し遂げられなかったヤツらの失敗要因」の掘り下げと、そこから導き出された大規模プロジェクトの成功を阻害する数々の心理的トラップ、そしてそれらに対する回避策の提示であると私は感じました。

章構成は以下のようになっています。

■1章 ゆっくり考え、すばやく動く
■2章 本当にそれでいい?
■3章 「根本」を明確にする
■4章 ピクサー・プランニング
■5章 「経験」のパワー
■6章 唯一無二のつもり?
■7章 再現的クリエイティブ
■8章 一丸チームですばやくつくる
■9章 スモールシング戦略
■終章 「見事で凄いもの」を創る勝ち筋

『BIG THINGS』目次より

本の概要

メガプロジェクトでは予算超過期間延長便益過小が当たり前のように起こります。「予算内・工期内に完了するプロジェクトは全体の8.5%に過ぎない。予算・工期・便益の3点ともクリアするプロジェクトは、わずか0.5%だ」そうです(第1章)。

本書では、このような失敗プロジェクトを生み出す最大の要因は、よく計画を立てずに実行に移してしまうことだとします。そして、人間がそのような行動に陥ってしまうのは心理的トラップに嵌ってしまうためです。

いくつか本書から抜き出すと、人は楽観主義に基づき時期尚早に一つの選択肢が正しいと思い込んで(ロックイン)しまいます。これが「コミットメントの錯誤」(第2章)です。そして実行を進めて時間やお金というコストを支払うと、それらを損切りできずに誤った道を突き進んでいくことになります(「サンクコスト(埋没費用)の錯誤」、同じく第2章)。

著者らは、そういったトラップに陥らないために、時間をかけて良い計画を立てることの重要性を説きます。良い計画には、「問い」(なぜそれをするのか?)を立てることが大事で、明確な目的・達成すべきことを明らかにした上でゴールから逆算して考える必要があります(第3章)。

計画立案とは、フローチャートを描くような形式的なものではなく、試行錯誤やシミュレーションを伴うものであるべきだと著者らは主張し、計画立案に実験を活かす「経験的学習」の重要性を説きます(第4章)。

経験から学ぶことを阻害するのもまた心理的トラップで、自分たちのプロジェクトは唯一無二のものであって他から学ぶことはできないと考えてしまうことを「独自性バイアス」と呼びます(第5章)。

こういったさまざまなバイアスの罠に捕縛されるのを避けるには、計画立案フェーズで経験的学習を通してじっくりと綿密な計画を立てること。そしてその計画に基づいて実行フェーズは迅速に進める。「ゆっくり考え、すばやく動く」が本書の主旨です。

感想

いい意味で、期待を裏切られました
カバーにスティーブ・ジョブズのイラストがあるように、カリスマ性を持ったクリエイターの話を想像して読み始めたのですが、実際には行動経済学・行動心理学に関わる話が中心でした。

結局どんなプロジェクトでも、それを計画し実行するのは人です。人は容易に誤りを犯します。認知のメカニズムとして、バイアスが生じることは避けられないからです。

であるならばバイアスの存在を認め、バイアスを回避したりバイアスから抜け出したりするための手立てを講じなければなりません。小さく素早く失敗をし、反復プロセスによって経験を積んでいく経験的学習プロセスの重要性を再認識しました。

ところで個人的に興味深かったのは第9章です。ファットテールとシンテールの図(物理本の場合、p.317)では、「極端なまでのコスト超過が生じ、プロジェクトや当事者のキャリアが破壊され、会社が破綻し、政府の面目が丸つぶれになるリスク」順に並べたものとして、

  1. 核廃棄物貯蔵

  2. オリンピック開催

  3. 原子力発電所建設

  4. ITシステム構築

  5. 水力発電ダム建設

が挙げられています。恐るべし、大規模ITシステム構築…。
対極のシンテール側には「太陽光発電」「風力発電」「地熱発電」といったものが並びますが、これらは小さなレゴブロックを積み上げるように大きなものを構築することが可能、つまりモジュール性が高いとされています。

ここでのモジュールは「再利用性の高い汎用部品」という意味合いが強いのでしょう。ソフトウェアのモジュールは基本的に再利用性が低いですし、モジュール間の相互作用も複雑なケースが多いのでブロックのように積み上げることはできません。

ですが、その制約下で最大限良い設計を考えることというのがアーキテクトの仕事の醍醐味だと思います。アーキテクチャ設計は、本書の考え方では計画立案にあたるでしょう。ITプロジェクトの予算超過・期間延長・便益過小を防ぐには、じっくりと良い計画を立てる(=アーキテクチャというポリシーを策定する)ことが重要です。本書で述べられていることは、アーキテクティングのプロセスへも十分に転用可能なので、アーキテクトの皆さんにも是非読んでみてほしい一冊です。

メモ

フロネシス

第5章で登場。アリストテレスの言葉。
アリストテレスとかぜんぜんわからんので勉強したい。

フロネシスとは、全体にとっての善が何であるかを知り、それを実現する能力、すなわち「実践知」である。アリストテレスは、フロネシスが「知性的な得」の中で最も重要だと考えた。

『BIG THING』第5章より

本書で言及のあった未読の本

  • 『ファスト&スロー』

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