外出許可証をぶら下げた世界の記憶。【短編小説書いてみた】
2020.4.26.日 #281日目
その日ぼくは遊園地に来ていて、怪我をするほどにはしゃいでいた。
その日は、日曜日。
僕たちは、とある島から、外出解禁日に船に乗って飛び出した。
一緒に船のチケットを買った彼は、僕の8個下の弟だ。
何はともあれ、1人8000円で、海を渡った。
外出許可を得て、海を渡って、向かった先の遊園地では、普段乗らないような乗り物に乗ろうと決めていた。
最初に乗るのは、機体自体が回転する上に、全体も大きく上昇したり降下したりするあの有名な回転系のジェットコースターだ。
あまり、得意ではないが、これだけ空いている遊園地のジェットコースターに乗れるのは、今日という特別な日くらいだろう、諦めて乗ることにした。
弟は、はしゃぎ倒している。
「止めてくれ」
と叫べば止めてくれるらしいその乗り物が動き出した。
ゆっくりと世界が回転し始めたかと思うと、頭が真っ逆さまになった。
視線の先には、親子が順を待っていた。
小さな女の子と、優しそうな母親だ。
彼らもチケットを握り、首からは外出許可証をぶら下げていた。
彼女たちにとっても、今日という特別な日なのだろう。
「さ、手を洗いに行くよ!」
そう言って、私は娘を抱えて手洗い場に連れてきた。
さっき、はしゃいだ時に手が泥だらけになっていたからだ。
私は手洗いを済ませる。
私の娘は隣で、嫌な顔をしている。
なぜか、手を洗うのを嫌ったのだ。
そんなわがままな彼女を見たのは久しぶりだった。
私はその時思い出した。
今日は特別な日だ。
今日という日の時間は、いつも以上に限られていて、お金を沢山払ってこの遊園地に来たんだ。
彼女には、早々に手を洗ってもらって、食事を済ませておきたい。
「まぁ、あたしはこのままでいい」
そういって、まだごねている娘に耐えかねて怒鳴った。
「できることをやらないのは、どうして!いつも家では洗えてるじゃない」
数メートル後には、まだかまだかと手洗いを待っている親子や、少女たちが居て、冷たい目でこちらを見ている。
なんでだろう。
なんで、娘は、ごねているのだろう。
ついには、無理やり抱えて、怒鳴りつけて、手を洗わせた。
食事どころではない。
一度外で叱ろう。
イライラしたまま、手を濡らした娘を抱えて外に出た。
ぐるっと回転して、ジェットコースターが止まった。
「止めてくれ」と叫んだのは、僕だった。
機体が回転する時に手をぶつけてしまって、二箇所怪我をしたからだ。
よく見ると、後ろでぼくたちのことを眺めていた女の子と母親は泣いていた。
僕が怪我をしたことを見て恐ろしくなったのかもしれない。
怪我をしたのは、僕が誤った乗り方をしていたからだ。
手を洗いに行こうと弟を誘った。
ただでさえ時間がないのに、こんな怪我をして時間をくってしまった。
さっさと、手を洗ってしまわないと。
少女たちが手洗いを済ませて、僕たちとすれ違う。
どうやら、彼女たちは不機嫌だった。
何かに、待たされていたらしい。
私たちがご飯を食べる前に手を洗いに来たところ、小さな女の子が手を洗わずにごねていた。
このご時世に、手を洗うことを拒む子どもに育てたこの母親と、私たちの時間を奪うこの女の子に気持ちが冷めてしまった。
ついには、おばさんが娘に怒鳴り出して、無理矢理洗わせた。
「最初からそうすればいいのにね。」
私は、友達の2人にそう言った。
「いや、うちは、あの女の子の気持ちが少しわかる気がする」
友人の彼女は、そう私に応えた。
「なんで?」
「うーん。あの女の子ね、最初手を洗おうとしてたんだけど、わざと手を引いて洗うのを止めたの」
「は?だるすぎでしょ。わざとだったの?あんなに小さい癖に女優みたいなごねかたしてたよね」
「ううん、そうじゃない。本当はママと一緒に遊園地に来て楽しいはずだし、嬉しいはずなんだけど、ちょっとわがまま言いたくなったんだよ。」
私たちは、手を洗いだした。
「何言ってんのさ」
「今日は、あの子も私たちと同じ外出許可日で、気持ちがウキウキしてここに来たわけ」
「うん、」
「でさ、久々に外に出てきた嬉しさで母親に甘えたくなったんじゃないかな」
「あっそ、めんどくさい」
「まぁね。…だけど、私たちの時間とあの子の時間はどちらも大切なのに変わりないよ。あの子にとっては、ああやってごねて母親に抱えられるのもなんだか嬉しかったんじゃないかな」
そういって、私たち手を洗い終えた。
「まぁ、なんでもいいけどさ。」
私は、そう言って、イライラを抑えつつ、ご飯を食べに向かった。
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