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高校1年生の終わり頃、真理を求めて東京へ

私は10代の頃、人生について色々と悩み事があった。人は何のために生きるのだろうか、人が生きる価値とは何だろうか。人は生まれて、学校に行き、就職して結婚をし、子供を産んで、年を取り死んでゆく。何か皆同じ様な繰り返しで生き甲斐というものを感じることが出来ず、心の中の虚しさ、空洞を埋めてくれるものはなかった。共産主義思想も友達から勧められて学んでみたが私の心からの喜び、満足には至らなかった。

そんな時、東京の大学で学ぶある人から一通の手紙が届いた。彼は全国から学生や若者が集まって行われているあるセミナーに参加したとのこと。初めて会った人達にも関わらずセミナーを通じて兄弟姉妹の様な関係だという。そして木の葉1枚が落ちてゆく様を見ても深い意味を感じる、必ずあなたにも伝えるのでもう少し待ってくれと記されている。

そしてある一定の期間が過ぎてまたその大学生から又手紙が来た。今度は高校生ばかりの1週間のセミナーが東京で開催されるのであなたも参加してみないかという誘いだ。私が多少共産主義を勉強している事を知っている彼は「あなたはまだ若い、1つの思想、人生観を今決めなくても、若い時に色々な事を学んで、最善のものを選択すれば良いではないか。例えば富士山のふもとから見る景色と頂上に登って見渡す景色とどちらが良いだろうか。頂上の登れば360度全体が見渡せるだろう」と私の人生のことを思って助言してくれた。

信頼して尊敬する先輩のアドバイスを受け入れ、私は真理を学ぶ為に上京することに決めた。しかし東京に行く為には旅費もかかる、何かを犠牲にしなければ参加できない。私は修学旅行の為に積み立ていたお金をおろしてもらい、修学旅行に行かず東京での1週間の高校生のセミナーの旅費に当てることにした。そして高校一年生の終わりの春休みに生まれて初めて上京した。1966年当時は新幹線もない時代だ、超満員に東京行きの列車に乗って車中で一泊二日、先輩を頼って東京に向かった、着いたのは明くる日だった。やっと東京駅に到着して当時本部のあった南平台にいるはずの先輩に電話した。ところが先輩は春季開拓伝道の為北海道の室蘭に行っている為、不在であることが分かった。はじめての東京なのに頼る人は神様以外に誰もいなかった。続きは次回に

写真:レンガ造りの東京駅

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東京駅構内

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