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【楽曲解題・歌詞】天不知星—Ama Shiranu Hoshi feat. Mai

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はじめに

 ボカコレ2025冬ルーキー部門参加曲として、新たに「天不知星(あましらぬほし)」をリリースしました。古語を多く使っていたりと、解説無しには理解しづらい内容かもしれない、と思い解題を書きます。


一 背景

 実はこの楽曲は、もともとkikkaさんという歌い手さんから依頼を受け、その要望に応じ書いた提供曲です。なので、言うなればセルフボカロカバーな訳ですが、まだこの曲はどの媒体にも上がっていないので新曲として上げました。
 そのうちkikkaさんが歌ったバージョンもどこかでアップロードされるかもしれないので、どうかお楽しみに!
 ※なお、ボカロ版の公開に関してはご本人から許諾を得ています。

二 作曲面

日本和声の導入

 この楽曲では、サビやAメロ部分など、普通のポップスでは見られないコード進行やメロディが登場しています。これらは日本和声や日本旋法を意識的に取り入れた結果です。
※ただし、完全に日本和声だけで作ると展開が難しかったので部分的に西洋音楽的なダイアトニックコードも用いています。
 より具体的には、サビ部分では陽旋法、Aメロ部分では陰旋法、というわらべうたや日本民謡でみられる旋法を用い、和声的にもその音階に沿ったコードを主に使用しているのです。

陽旋法

 日本の旋法というといわゆるヨナ抜き音階(これを聞くと私よなよなP抜きにされた感じで寂しい…)、ペンタトニックスケールをイメージするかもしれませんが、それは厳密には民謡の音階とは合致していません。ペンタトニックスケールはむしろ、中国的な音階、あるいは日本音楽を西洋化する過程でフォークと融合して創出された「演歌」の特徴を強く出すものです。
 しかし、メジャーペンタトニックスケールと陽旋法は極めて似てもいます。メジャーペンタトニックスケールでは「ドレミソラド」、主音をドとしたときメジャー(ヘプタトニック)スケールから4度と7度を抜いた音を使います。
 対して、陽旋法で用いられるのは「ドレファソシ♭ド」あるいはレを主音とすれば「レミソラドレ」と表せます。おわかりいただけたでしょうか?メジャーペンタトニックスケールの二音目を主音としている、と考えられるのです。あるいは、ドリアンスケールから3度と6度を抜いた、とも表せますね。

 そのため、フレージングに気を付けないと、主音が一音下の「メジャーペンタトニックスケール」感が出てしまいます。特に我々はあまりに西洋式のポップスに慣れ過ぎているので。
 陽旋法を用いたサビ部分では、レをしっかり主音として認識させるために、フレーズの要所でレを使う事、陽旋法上のダイアトニックコードを用い、トニックコードとしてレソド(Ⅰsus4 7 omit 5)もしくはレソラド(Ⅰsus4 7)を使う事を意識しました。しかしトニックなのにsus4 7て…全然トニック感ないですよね。3度がないので西洋式和声に慣れた耳では不安定感を感じます。それでもトニック感を出すために強引にV7を借用する(陽旋法上ではノン・ダイアトニックコードだが西洋和声のダイアトニックコードからの借用という解釈)など試行錯誤しました。

陰旋法

 また、Aメロで使っているのは陰旋法(ドレ♭ファソシ♭ド もしくは ドレ♭ファソラ♭ド)です。この音階はかなり特徴的です。実際に鍵盤で弾いてみてください。「雅」な雰囲気がプンプンしますよ。強いて西洋旋法で似たものがあるとすれば、フリジアンスケールです。ミを主音にとると分かりやすく、(ミファラシレミ もしくは ミファラシドミ)つまりフリジアンスケールから3度と6度もしくは7度を抜いたものと同じです。
 こちらは特性がはっきりしていて、先の陽旋法のように、他の音階に引っ張られることはない反面自然で耳馴染みの良いメロディーを作るのに苦戦しました。

 西洋和声に慣れた耳にとっては、(自国の土着のものに近いはずなのに)日本和声は聞きなれないもので不安定に感じられます。しかし、逆に言えば独特の浮遊感や幽玄さを感じることもできます。これはちょうど次に説明するような歌詞のイメージに適合していると思います。

ボカロPのみなさん、日本和声、はじめませんか?

三 タイトル「天不知星」解題

 タイトルは、天不知星で「あましらぬほし」と読ませています。これは筆者の造語で、以下の紀貫之の和歌にある「そらしらぬ雪」というフレーズから着想を得ています。

「そらしらぬ雪かと人のいふなれば桜の冬は風にざりける」(出典:貫之集 一〇)

夜鳴訳:(桜が舞い散るのを)空の知らない雪かと人が言うのだから、桜は冬は風であったのだなあ

 桜の白い花弁が舞い散る様は、「桜吹雪」とも喩えられるように、古くから「雪」を連想させるものでした。なので、空から降ったのではない雪、「そらしらぬ雪」とは桜を指す訳です。
 「桜の冬は風にざりけり」はいくつか解釈があるようです。僕の解釈では
「桜を空の知らない雪というのだから、桜は(桜の花が咲かない)冬には風だったのだなあ」
と、春の桜を見て冬の雪を連想するように、冬の桜の木から春の風を想像する、そんな歌だと解釈しています。
 このように、桜をただ桜と言うのではなくあえて「そらしらぬ雪」と喩えるのが、なんと風流で深みのある、それこそ古語で言えば「いとをかしき」言葉づかいだと感じ、このような表現を自分でも生み出せないか、と考えていました。

 こうした着想があった中、製作依頼の際に「星」や「夜空」をテーマにした和風曲、というリクエストを頂きました。そこで「星」に絡めた同様の表現、つまり星に喩えられる何かを、天空の知らない星、「あましらぬ星」と表現するのはどうだろうと思い至った訳です。

 一方、亡くなった人の魂は、星になる、蛍火となって表れる、などと日本では古くから言い伝えられてきました。夜空を見上げながら、あの人の魂は星になっただろうか?天空の星ではない、魂の灯、蛍火に思いを馳せる――このような意味を込めて「あましらぬ星」、これを漢語表現的に「天不知星」として、題としました。

四 歌詞面

幽かなる灯:魂、星、蛍

 先述したように、個人の魂は星や蛍火になると、古くから言われてきました。それはなぜでしょうか?以下は僕なりにその理由を考えたものです。

 人の命は、限られた時の中で火を灯すように輝き、消えゆくものです。命の灯などと言うように、火はしばしば命、生命力のメタファーとして日本に限らず通文化的に表現されてきました。
 ならば、命の源であり、肉体を抜けた魂もまた、火のメタファーと親和性の高いものです。人魂というと青白く燃える炎を連想しますよね。しかし、生命力ある生者の魂ならともかく、死者の魂ならば燃え盛る業火のような強く大きなものではなく、幽かなものであるはずです。
 こうして、人工灯が開発される以前から自然界にあり、小さな灯のように見える光――星、蛍火は死者の魂のイメージに最も適合的だったのではないか、そう僕は考えます。

 こうした着想のもと、本楽曲では故人の魂を星や蛍火に喩えつつ、日本情緒溢れる幻想的な情景として描いているのです。

わらべうた「ほたるこい」のモチーフ

この曲の歌詞の中ではわらべうた「ほたるこい」のモチーフも登場させています。

ほう ほう ほたる来い
あっちのみずは にがいぞ
こっちのみずは あまいぞ
ほう ほう ほたる来い

わらべうた「ほたるこい」の歌詞

蛍が飛び交う様を見て、こちらの水はあまい(おいしい)からこちらにおいで、という誰もが知るわらべ歌の一節です。「天不知星」の次の一節は、このわらべうたをオマージュしたものです。

「明けの星まで、あの水や甘き あちらこちら 遊ぶ蛍火」
現代語訳:明けの星が出る(夜明け前)まで、あの水は甘いかとあちらこちらと飛び交う蛍火

ここでは、フレーズの始まりを「あ」の音で揃え頭韻にしているのもポイントです。ちなみに明けの星とは、明けの明星、夜明け前に東の空に現れる金星のことを指しています。

わらべうたのオマージュを挿入することで、ノスタルジックな日本的情緒を喚起する効果、「蛍火」を単に魂のメタファーにせず具体的描写として描く効果をねらい、このような一節を入れてみました。

「あなた」のダブルミーニング

 「あなた」は現代語だと「貴方」二人称単数の代名詞の意味しかありませんが、古語では「彼方」の意味もあります(例えばカール・ブッセ(上田敏訳)「山のあなた」など)。
 この意味を込めるため、あえて「あなた」と平仮名で「ひらいて」書き、二重の意味を持たせています。これは和歌や俳句でよくある手法ですね。
「天の原仰げば あなた遠く」
この部分には、「天空を見上げれば あなたはその彼方遠く」という意味があるのです。

おわりに

以上のように、今回も音楽的にも作詞的にも自分らしさを詰め込んでみたつもりです。先日Xで「これからはネオオールディーズやってくよ!」と言ったのにいきなり和風曲かい、と相変わらず作風の定まらない4747Pですが、まあ作りたい時に作りたいものを作るのが一番楽しいので、自由にやっていこうと思います。

以下に歌詞の全文を載せるので、改めて言葉を味わって頂ければ幸いです。

歌詞本文

天の原仰げば 数多遠く
明かり照らせど あの星や淡き
あちらこちら 遊ぶこの指

夜をこめて 星々の光の跡
世をこえて 人々の光の跡

霞み去(い)にし あなたの影は
隠れ離(か)れて あの星にやならむ

天の原仰げば あなた遠く
明けの星まで あの水や甘き
あちらこちら 遊ぶ蛍火

現代語訳

天空を見上げれば 数多く遠くに
明かりが照らしているけれど あの星は淡いか
あちらこちらと 遊ぶこの指

夜が明けぬうち 星々の光の跡
世代をこえて 人々の光の跡

霞んで消え去った あなたの姿・光は
隠れ離れて あの星になったのだろうか

天空を見上げれば あなたはその彼方遠くに
(夜明け前)金星が上るまで あの水は甘いかと
あちらこちらと 飛ぶ蛍火

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