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靴に込める願い_10月19日真偽日記



「あ~した、てんきに、な~ぁれっ」

使い古された呪文を唱えながら空を切り裂くように足を振り上げれば、浅く履いていた靴が高く飛んで太陽を覆い隠す。
そのまま勢いよく落ちてきて――ズドンと運動場に落ちた。それはひっくり返っていて、泥で汚れた靴底が空を見上げていた。

「あーあ、やっぱり雨じゃん」
「雨じゃないし」
「じゃあ何?」
「…………台風とか?」
「雨より酷くしてどうするんだよ」

ケラケラ笑いながらトモヤはひっくり返った靴を拾い上げる。
軽く砂埃を払って、ほら、と投げてきた。

それを受け取り、浮かせたままの片足の下に無造作に置く。靴紐は結ばずに浅く足を下ろした。
ぶらぶらと靴を浮かせているとトモヤが肩を竦めた。

「天気予報も言ってただろ、雨だって」

明日の遠足は雨になる。とクラスの女子が言っていた。
朝学校に行く直前に流れる天気予報でそう言っていたのは見たけれど、だからって大人しく従っていられない。帰ったらてるてる坊主も作る予定だ。

「おれ、ほんとに雨男なんだよ」

去年転校してきたトモヤは運動会とか遠足が全部雨になることを気にしているらしい。
確かにトモヤが来て初めての行事である音楽発表会の日も雨だった。その次の学習発表会も。どちらも屋内だったから問題はなかったし、雨男なんてそもそも迷信だ。
とはいえ、気にしているなら仕方ない。

「じゃあオレが晴れ男になる。そしたら多分そーさいして、くもりになるし」
「そういうことじゃないと思うけど」
「そういうことだって」

言いながらもう一度靴を蹴り上げた。さっきより低い角度で上がったせいかやや遠くに飛んでいく。
迷信には迷信をぶつけたらいい。天気予報だって完璧じゃない。

「あ、ほら、晴れじゃん」
「たまたまだろ」
「ふふーん。新生晴れ男の力、楽しみに待ってな」

人差し指と中指を揃えてこめかみに当ててからシュッと振る。

格好いいポーズのどこかがツボに入ったのか、トモヤは腹を抱えて笑い始めた。少なくともトモヤの顔に浮かんでいた暗雲は振り払えたらしい。
今度こそちゃんと靴を履いて帰路に着く。

「明日の遠足、楽しみだなっ」
「うーん、まあ、ちょっとだけ」

翌日の遠足は曇りのち雨で、やや小雨に降られるという微妙な結果だった。でも「晴れ男のおかげでマシだったかも」とトモヤはバスに揺られながら笑っていた。


「どーよ、この晴天!」
「はいはい、さすが晴れ男。もうかんかん照り。帰っていい?」
「集まったばっかだろ。ほらほら、行こうぜ」

その後、トモヤの雨男はただの迷信になり、オレの晴れ男具合にはどんどん磨きが掛かっている。
今後もきっと眩しい・暑いと嫌がるトモヤを引っ張りながら、晴天の下を進んでいくんだろう。

今日のために磨いた靴が雨上がりの水たまりを踏むと、キラキラした雫が飛び散った。


昼に少し雨が降っていた。
天気予報を見る習慣がないので、朝の通勤時に傘を持っている人を見て「もしかして今日は雨が降るかもしれないぞ」と気づくことが多い。

「あした天気になあれ」と言いながら靴を飛ばすおまじないを小学生の時たまにやっていたが、今は滅多と見かけない。てるてる坊主にしてもそうだ。
天気予報の制度が上がって淘汰されたのか、私の目に入らないだけか。あの根拠のない祈りが恋しい時もある。

今靴に願うなら、程よい気温で「寒っ」と身を震わせることもなく過ごしやすい秋晴れになあれ、なのだが、さすがに願いすぎだろうか。

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