【連載小説】オディアス戦記 3
ーーピヨピヨピヨ、チーチチチ、ピヨピヨピヨ、チーチチチ
俺はいつの間にか寝落ちてしまっていたらしい。賑やかな鳥の囀りに目を開けると、精力的にモーニングストレッチをするミロの姿が目に飛び込んできた。
「あ、オディアスさん、目が覚めましたか。おはようございます!」
昨夜はあんなにベロベロに酔い潰れていたのに、なんだこの爽やかさ、溌剌さは!
瑞々しい緑を背景に、頭上の梢から差し込む陽光に包まれたミロは神々しく輝いていた。反対に、俺の方はたぶん目の下にはクマ、顔は酒で浮腫んで、おまけに無精髭も生やして、さぞむさ苦しい有様なことだろう。鏡を持っていなくて良かった。不必要に自己嫌悪に陥らずに済む。
「イタタタ」
腕を組んで横向きに寝ていたせいか、下敷きになっていた方の肩が起き上がる時に少し痛んだ。こういう時に年を感じる。
「大丈夫ですか、オディアスさん」
ミロがすかさず気にかけてくれる。
「何でもない。しかし、君は元気いっぱいだな。若いっていいな」
俺が苦笑しながら言うと、ミロは明るく笑った。
「ハハハ、見た目はそうかもしれませんが、実際の年齢はオディアスさんよりずっと上ですよ」
「そうか、ミロくんは半分エルフだもんな。ここにいると、なんだか自分が犬になった気分になってくるよ。ほら、人間の一年は犬の七年に相当するって言うじゃないか」
俺の言葉にミロは眉を下げ、慈愛に満ちた眼差しを向けてきた。
「犬だなんて、そんなご自分を卑下しないでくださいよ、オディアスさん。……あ、でも、そういえばそういう本がありましたね。えっと、『ゾウの時間ネズミの時間』でしたっけ」
「ちょ、ネズミって、犬より酷いじゃねぇか! フォローしてくれるのかと思いきや、何追い討ちかけてくれてんだ」
「ハハハ。まあまあ。知性がどうのとか言う話じゃなくて、時間軸が違うっていう話ですから」
俺のツッコミに初めは屈託ない笑顔を見せていたミロだったが、やがて、その目に冷ややかな嘲りの色が灯った。昨日も見た、あの表情だ。
「だいたい、エルフが長生きって言ったって、そんな大層なもんじゃないですからね。寿命が長い分、中弛みして生き甲斐見失いがちだし、長生きだから人間より死への心の準備ができているかと言えば全然そんなことない。寿命が近づいてきたら焦ったみたいに自分史を書き出すエルフがゴマンといます。成熟とは程遠いですよ。時間の物差しがちょっと違うだけで、あとは人間と一緒です」
半人半エルフの複雑な生い立ちやいじめられた過去がそうさせるのか、エルフ族の話になると途端に辛辣な物言いになってしまうようだ。しかし、皮肉なことに、これほどの老成と達観を滲ませた言葉が若々しい青年の口から出るというアンバランスさ自体が、彼の言葉とは裏腹に、エルフと人間が同じでないことの動かし難い証拠のように俺には思えた。
「済みません。ちょっと悪口が過ぎました」
ミロがまた好青年の顔に戻って謝る。本心から申し訳なく思っているのがよく分かった。
「気にするなよ」
人間ってのはーーいや、こいつの場合は半人半エルフだがーーただ真っ直ぐってよりは、ちょっとねじれがあるぐらいの方が深みがあって面白いってもんだ。
* * *
「あと、どれぐらいなんだ?」
俺たちはまた小道を進んでいた。森をすっかり抜け、草原の中の獣道を辿り、なだらかな岩山を登り……とまあ、朝からもうかなりの間、歩いている。ミロには出発前に木の実入りのモロコシ粥を作って食わせてやったが、昨夜の酒が響いて食えなかった俺は今頃になって空腹を覚えていた。
(木の実や燻製肉はまだ残ってるが、今はパンの気分だ。無性にパンが食いたい。パンしか食いたくない。パンはどこへ行ったら食えるんだ……)
「もうちょっとですよ。疲れましたか? 休みましょうか?」
(上手く仕事が決まれば、夕飯にパンにありつけるかもしれんな)
俺の頭は突如湧いたパンへの渇望でいっぱいだったが、そんなことはおくびにも出さず、
「いや、純粋にあとどれぐらいで着くか知りたかっただけだ」
と、クールに答え、そして、はたと気付いた。
(そう言えば、俺、まだ仕事内容を聞かされていないよな?)
「なあ、ミロくん。俺たちがこれから会いにいくクライアントさんってのはどんな人で、どんな仕事内容なんだ?」
「あれ、リュディアさんから聞いていませんか?」
「いや、何も。ただ、俺にうってつけの仕事だからとしか」
それを聞いてミロは朗らかに笑った。
「いや〜、リュディアさんらしいなぁ! あの人、求職者の方々に何としてもピッタリの仕事を見つけるっていうことに情熱を注いでいるハッピーワークの宝みたいな人なんですけど、ちょっと天然なんですよね〜。でも、リュディアさんの目は確かですからね。大丈夫ですよ、安心してください!」
内容も言わずに安心してくださいとか言われても、逆に不安になるだけなんだが……。
「いや、だから、どんな仕事なんだ?」
一向に要領を得ない返答に俺は痺れを切らした。もしかして、これはわざとなのか? わざと核心に触れないようにしているのか⁉︎
俺の苛立ちを感じ取ったのか、急に神妙な顔をしてミロは答えた。
「依頼主は魔女の方です、端的に言うと」
「は? 魔女? ……いやいや、端的じゃなくて普通に説明してくれよ、ミロくん」
「あのですね、実はですね……あ、あそこですよ! あの木立のところに立っている民家がそうです」
ミロが赤レンガの屋根の小さな家を指差した時だった。
ボフワァーン‼︎
地面を揺るがす爆音と共に、紫がかった灰色の煙が開け離れていた窓からもうもうと吹き出した。
<続く>