【連載小説】(仮)オディアス戦記 〜プロローグ
連載小説に初挑戦します。ろくに読んだことないくせにラノベ風を目指したのですが、あの軽さを出すのは難しいですね!つい細部を書いてしまいます。😆
ファンタジーな世界観で、ユーモアのあるコージーミステリーっぽいものにしたいなと思っています。が、結末を決めずに物語を書き始めるのはこれが初めてなので、どうなるかはわかりません。お付き合いいただけると嬉しいです。
『(仮)オディアス戦記』
プロローグ
木漏れ日の差す小道を歩く。あちらこちらから小鳥の囀りが聞こえてくる。数日前まで赤茶けて乾いた戦場にいたのが嘘みたいだ。
「ふぅ、ちょっと一休みしてから行くか」
俺は肩に担いだバックパックをヨイショと背負い直し、せせらぎの音のする方向へ足を向けた。
木々の中を歩くことしばらく、清流に辿り着いた。草の上に重いバックパックを下ろし、岸に跪いて川の水を飲む。
「はぁ~、生き返る」
水は少し甘いような気がした。土地柄、そういうこともあるのかもしれない。人心地ついて辺りを見回す。少し上流の方には小さな滝があって、煙る水飛沫の上に虹がかかっている。なんだか妖精でも出てきそうな光景だ……なんてぼんやり考えていたまさにその時、二人の少女が滝のそばの林から飛び出てきた。長く柔らかそうな髪をなびかせ、ワンピースをひるがえしてキャッキャッと楽しそうにおしゃべりしながら川の縁に駆け寄ったかと思うと、そこから軽やかに空中に飛び立った。二人の背中に生えた蝶のような羽が光を受けてきらめく。
「やっぱり、この辺は妖精がいるんだな」
美少女たちは……といっても、正直言うと顔はしっかりとは見えなかった。……ちょっと遠かったし、妖精はそもそも体が小さいし。いや、言い訳はよそう。中年に差し掛かってどうも視力が落ちてきているのは自覚している。でもまあ、二人とも華奢で髪が長くて、ちょっとぼやけていたとはいえ、あれは美少女の雰囲気だった。ワンピースから伸びた白い足が眩しかった……。
いやらしいオヤジ思考だと非難されそうだが、内心で何を思おうが自由じゃないか。別にどうこうしようってわけじゃないんだから。第一、二人は俺の存在に気付くこともなく飛び去っていったし。
「中年おやじなんて眼中にないわな……」
一休みした後、またバックパックを背負い歩き出す。まだ日は南中していない。約束は午後だから十分に時間がある。
* * *
木立の中にその目的の建物はあった。造りこそ普通の田舎の民家のようだが、その壁は貴族のご婦人方が食べる砂糖菓子のような淡いパステルカラーに塗ってあった。建物の周りには寄せ植えの植木鉢がそこかしこに置かれ、色とりどりの花を咲かせている。一言で言えば、ファンシーだ。
飛び石の敷かれた小道をたどってドアの前まで来ると、横の壁にかけられた木製の看板が目に入った。
『ハッピー・ワーク』
丸みを帯びた文字の周りにはカラフルな花々やデフォルメされた愛らしい鳥や動物たちの絵がペイントされている。見ようによっては幼稚園の看板だ。
「パステルカラーの壁といい、この看板のデザインといい、失業者の心を浮き立たせようとする努力が涙ぐましいな」
一人ごちてドアを開けた。受付の端正な面立ちの青年に面談に来たと告げると、すぐにパーテーションで区切られた一角に案内してくれた。
「リュディアさん、こちら、面談予約のオディアスさんです」
「あ、はーい! ミロくん、ありがとう!」
リュディアと呼ばれた女性は、椅子から立ち上がり、机ごしに俺に手を差し出した。美女だった。
「こんにちは、オディアスさん。リュディアです。本日はようこそ!」
「あ、こんにちは」
反射的に出された俺の手をリュディアは軽く握り、それからまた椅子に腰掛けた。俺も同じタイミングで座る。
中に入る前から建物の外観やら何やらで薄々感じてはいたが、それでもスタッフの礼儀正しさとフレンドリーさに内心驚く。今日ここに来るまでは、職業斡旋所なんて場所は、もっと、こう「働けやー、この怠け者どもが!」みたいな空気が漂っているのかと思っていたのに、こんなに優しく人間扱いしてもらえるなんて、さっさと戦士なんてやめてもっと早くに失業者になるんだった。そんな後悔をし始めていた時、手元の書類に目を通し終わったリュディアが、顔を上げた。
「オディアスさんは戦士でいらしたんですね! 特技はやはり戦闘ですか? 武器は何をお使いだったんでしょう? ここには記載がありませんが、剣とか、それとも弓ですかね? えっと、一応、この面談の前にいくつかオディアスさんの職歴を活かせる求人を見繕っておいたんですけれど……」
そう言ってリュディアは一枚の紙を俺によこした。
『傭兵急募ダラン渓谷』
『兵士フルタイム募集、即戦力求む。経験者優遇』
『別荘警護(複数箇所、勤務地・賞与等要相談)』
似たり寄ったりの求人ばかりが並んでいる。キャリアチェンジをしたかった俺は、そう正直に告げた。
「もう戦闘系はちょっと引退したいなと思ってて。別に怪我をしたとかじゃないので体に問題はないんですが……」
それを聞いたリュディアはなぜだか嬉しそうに、
「あ、そうなんですね」
と言って紙に何か書き込むと、こちらを見て微笑んだ。
見れば見るほど、リュディアは美しいエルフだった。夜の空のような深い青色の目は少女のように丸く大きく、濃いまつ毛が周りを縁取っている。アイボリーの肌、さくらんぼのように赤い唇、シャープに尖った両耳の上の柔らかそうな産毛が熟した桃を連想させた。嗅いだらいい匂いがしそうだ。下ろした長い髪は淡いグレーで、春雨のようにさらりとブラウスの胸元へと垂れている。俺はいつの間にか無意識にその下に隠された彼女の裸体を想像していた。なめらかな鎖骨の下の肌、それがやがてなだらかに膨らみを帯びていって……
「そうそう、ちょうどそのあたりにホクロがあるんですよ」
「ヘッ!」
リュディアの声に一瞬で我に帰る。
「え、なんで……もしかして」
頭の中が見えるのか、とは恐ろしくてとても聞けなかった。両掌がじわりと汗ばむ。
悪戯っぽい笑顔を浮かべてリュディアが答える。
「フフフ、ボーッとされていたからちょっと鎌をかけてみただけ」
そして、哀れな中年男はそれにまんまと引っかかって自らの恥ずかしい脳内を晒したと言うわけだ。しかし、幸いなことにリュディアに気分を害した様子はまったく見られなかった。こんなことには慣れっこなのか、あるいは甘い外見に反して中身はさっぱりサバサバ女子なのかもしれない。
「で、話を戻しますが。キャリアチェンジをご希望とのことですが、何か具体的にご希望される職種はありますか?」
「実は、何がやりたいかよく分からなくて。体力はあるので、木こり仕事みたいな肉体労働系で全然構わないんですけど」
「『けど』……ですか。オディアスさん、私には正直におっしゃってくださいよ? 本当は何かお好きなことがあるんじゃないんですか?」
リディアの、それこそ俺の頭の中を透視するかのような真っ直ぐな視線に、俺の口はひとりでに言葉を紡ぎ出していた。
「実は、その、……料理が好き、なんです」
「あら!」
パッとリュディアの顔が輝くのを見て、俺は急いで付け加える。
「いえ、そんな自慢できるような腕じゃあないんです。きちんと修行したこともなくて、完全に我流だし。ただ、その、戦士仲間には結構評判が良かったし、俺も作ってると心が安らぐっていうか……」
自分の中に料理人になりたいなんて願望が潜んでいたなんて、今の今まで気付かなかった。自分の口から出た言葉を自分の耳で聞いて初めて知った。しかし、驚く俺をよそに、リュディアはニコニコしてこう言ったのだった。
「何となくそんな気がしてたんですよ」
「!」
何となくとは何だ? やはりリュディアは他人の心が読めるのか? そんな疑念がまたしても俺の心に芽生え、脇に汗が滲むのを感じたが、己の精神衛生のために急いでその考えを振り払った。
「プロの職業アドバイザーの勘ってやつですか?」
わざと軽い調子で尋ねると、リュディアは苦笑した。
「もう30年ぐらいやってますからね、この仕事」
「30年!」
どう見ても二十代の外見だが、彼女は長命のエルフ族なのだ。
「つかぬことをお聞きしますが、エルフの方の定年って何歳なんです?」
「それが、120歳なんですよ~。だから、あと90年もあるんです。他の種族の方たちには『長生きでいいわね』っていつも言われるんですけど、その分、こき使われる期間も長いですからね。いいことばっかりじゃないですよ」
リュディアは愚痴をこぼす体でそう言ったが、本心では苦に思っていないのが俺には分かった。きっと、この仕事が好きなんだろう。今も鼻歌を歌いながら、手元の書類のページをめくっている。
(俺にもそんな仕事がこの先見つかるだろうか)
漠然とした不安を感じながらそう心の中でポツリ自問した瞬間だった。リュディアがパッと顔を上げ、とびきりの笑顔で言った。
「安心してください、オディアスさん! もう見つかりましたよ! オディアスさんにぴったりのお仕事が!」
脇に冷たい汗が伝うのを感じながら、もう二度とリュディアの前ではいかがわしい妄想をすまいと俺は心に誓った。
<続く>