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明日やろうでもよかやろう?

グッドモーニングでございます。

「明日やろうでもよかやろう?」
メンタル的にも技量的にもキャパ以上のことをしたがり、すぐ挫折する私に向けた言葉なんですけどね。

「明日やろうは馬鹿野郎」とか「今日が人生で一番若い日だ」とか今を悔いなく生きろ、やると決めたらすぐにやれっていう行動するぞ!っていう強い意志を感じられる言葉が中学校くらいから好きで、よく壁とか机とか下敷きに書いたりしました。帽子のつばの裏とかね(笑)

なんで好きだったのか。(好きというか戒めの言葉として多様してたと思う)小さい頃からそういう考えの元に育てられてきたから。テレビに映る憧れのスポーツ選手や、身近にいる憧れの大人たちは真っ直ぐに夢を追いかけ続けてたから。
そうじゃないとしても、それが正しいんだ!素晴らしいんだ!っていうテレビの映し方にまんまと影響されてた。

つい昨日まで、そうあるべきだ、そういう人だけが何かを成し遂げて人生を悔いなく生きていけるんだと自分の中で強く強く思ってました。


でもね、そうあるべきだと思いつつもね、心の奥底の私はずーっとモヤモヤしてて。
私の模範・憧れの生き方通りにやろうとすると心がとてつもなく辛い。そういう生き方をしてる人を見ると、憧れと共に余計に自分が嫌いになる。そんな感じでした。


昨日初めてそのことについて一緒に住んでる彼に打ち明けて、(否定もせず話聞いてくれてありがとうございました。)こうありたい、こうあるべきっていう自分を無理に変えよう変えようとする気持ちの存在と、
できる範囲でいいんじゃな〜い、好きなことをのんびりやろうよ〜、きついことはしたくな〜いっていう、自分の中で認めたくなかった気持ちの存在に気づきました。

「明日やろうでもよかやろう」ってことは
適当に過ごすん?やりたくないことは放ったらかし?って思われそうですけど、
そうじゃなくて「無理してできないことをやろうとせずに等身大の自分を受け入れようや」ってことで。

頑張らなきゃ!の気持ちも、サボりたい!の気持ちも両方あるならどっちの存在も認めてあげて上手く両方使いこなせばいいじゃんね、と。

人より休みたいなら動く時間をより効率的に行動していったり、頑張るために今はゆっくり休んどこ〜っていう判断ができて、そのスイッチの切り替えが上手くできたらもう少し生きやすくなるのかなぁとか。

まぁこれは文章書きながら後から思いついたことで、「無理して背伸びすんな!できない自分も認めてゆっくり行こうぜ」っていう意味です。
というか今までの自分をちょっと落ち着かせるための言葉です

明日また考え方が変わってるかもしれんし、
元に戻っとるかもしれんけど、
もうそれはそれで良いやと思いたい

『なるようになる』
『なせばなる』
このスイッチの切り替えが上手くできたらいいなぁ

今日は消しゴムハンコしようーっと

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