死にたい夜に効く話【6冊目】『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』標野凪著
教科書で習った知識より、「物語」という形でしか伝えられないことがある、と思っている。
まして、まさにその時代を、リアルタイムで生きた人が書いたものだったら…。
というわけで今回は、コロナの時代に書かれ発売された、標野凪先生の『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』を紹介したい。
「喫茶ドードー」は、おひとりさま専用カフェ。
物語はコロナ禍の時期。
コロナで生活も働き方も変わって、それぞれ色んな悩みを抱えた人たちがやってくる。
お客さんたちが抱えるのは、SNSとの向き合い方や、人と面と向かって関わる仕事だからこそ抱えるジレンマなど、まさに現代的なストレス。
店主の「そろり」は、そんな疲れ切ったお客さんたちに、その人に今必要な、元気になれる料理を出してくれる。
そろりとの、のほほんとした、でも鋭く的を射た会話で、お客さんたちは癒されつつも、新たな「気づき」を得て、また明日を生きる活力にしていく。
最初に読んだ時、この作品は、ある意味一つの「記録」として、残る作品のように感じた。
もしかしたらこの先、また似たようなパンデミックや、それに近い何かが起こらないとも限らない。
でも少なくとも、その頃は、今回のコロナの出来事を踏まえた上で対応ができるだろう。
それを思うと、あらゆることにおいて、前例がない状態で直面した今回のコロナ禍は、何もかも手探りだらけだった。
だからこそ、これまでに前例のないタイプのストレスを抱える人たちが、たくさん出てきたと思う。
これから何年、何十年も先、コロナの出来事が、歴史の中の一ページとして扱われるようになった時、記録の羅列だけでは、感じ取れないような、あの時の戸惑いとか苛立ちとか、そんな生々しい感情を、この作品を通して、知ることができるような気がした。
当時は学生で、社会人とは違った苦労を味わった人たちにとっては、あの頃、大人たちの中には、こんな悩みを抱えている人たちがいたのかと、また違った目でコロナの時代を知ることができるかもしれない。
そして、この作品自体がくれた「気づき」は、これまでにない困難に直面した時、「喫茶ドードー」のように、心休める場所を見つけることの大切さ。
それは、実際ある場所でもいいし、本の中に求めたっていい。
自分なりに毒抜きできる場所を見つけておくことも、現代社会で生き延びていくために必要だ。
可愛い表紙で油断させて(かくいうわたしも、表紙の可愛さにつられた一人)、「くっ…なんかすごい本が出てきたぞ」と、違った意味で裏切られた作品だった。
そういえば、そろりの調理シーンが、ものすごくほのぼのしていて癒されるのだけど、シーンの描写が明らかに素人っぽくないぞ、と思っていたら、作者の標野先生はご自身もカフェを経営されているらしい。「どうりで!」と叫んだ思い出。
(2023年9月24日)
〈参考文献〉
標野凪『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』双葉社、2022年