ゆっくりとした変身
来客を知らせる受付からの連絡で迎えに急ぐと、事前に約束をしていたかつての同僚の姿を認めてはっとして立ちすくんでしまった。びっくりして息をのんだ。なんともいえぬ負のエネルギーを全身に漂わせて、すっかりみすぼらしくなっていたのだ。
共に仕事をしていた頃は15~6年ほども前のことであるが、それでも数年に1度くらいは顔を合わせる機会はあった。会うたびになんでこんなふうな方向へ変わってしまうのだろう、何が彼をこんなふうに変えていくのか。小さく衝撃を受けつつ、それと知れぬように接してきたが、今回の数年ぶりの変貌は、かつてとはまったく異なっていて正直一緒にいることで飲み込まれてしまいそうな不安すら感じたほどだった。
負のエネルギーといっても、とりたててネガティブな性質とかそういう種のことではなく、言葉を選ばずに表現するならまさしく「貧乏神」と呼ぶのがぴったりと言えた。物語などで目にし耳にするあの、貧乏神がそこに立っていた。正面に対峙すると、かつての同僚のその変貌ぶりに胸が傷んだ。話をしていると、中身自体はさほど昔と変わっていないように感じるのだが、時折なにかの拍子にカッと目を見開く癖があるのだが、その目の光が表しているのはただひたすらの怒り、憤怒の念のように思えた。
おそらくもう何年も、何かにひどく我慢しているのだと感じた。自分一人ではどうにもならない力に耐えているうちに屈折したようにみえる。でもたぶん、なんとか折り合いをみつけて適合していくことを必死で生きている。「貧乏神のよう」とはあまりにも心無いかもしれないが、その姿を前にして感じるのは嫌悪ではなく憐みだった。ずいぶん遠いところまできてしまったものだ、と悲しくなっていた。
帰り道、一刻も早く彼と離れて一人になりたかった私は、電車に乗らずに2駅ほど歩こうと決めた。彼は別れがたく人恋しかったのだろう、自分も歩くと言い出したが、薄着に耐えかねた彼は電車に乗ることになった。「ほら、そこが駅」と言っても歩き出そうとしなかったとき、再会して初めて軽い怒りの念が起きた。つきあいが長いので、そのあと甘えてこようとしていることもわかった。もう一度、「ほら。駅そこだってば」と強く言うと、「あ、うん…」と、私の拒絶の強さを瞬時に理解した彼ははっとした。
「じゃあねー!おつかれ!」とわざとさばさばと言い放って彼に何も言わせる暇を与えず背中を向けて立ち去った。背中に「おつかれ」と小さな声が聞こえた。
黙々と凍える夜を歩きながら、あそこまでの変貌を遂げる前に、何かの手を打つことはできなかったのかと考えていた。あるいは誰かが、その崖の切っ先から彼を連れ戻すことはできなかったのかと。
photo by Thomas Leuthard