「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展@東京都現代美術館
東京都現代美術館で開催されている「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展に行ってきた。石岡瑛子について知っていた訳ではなかった。ただ、強烈な副題とポスターやウェブのバナーなどのデザインが「これは見なきゃいけないやつだ」と私に思わせた。そしてその予感は当たった。
東京に生まれ、アートディレクター、デザイナーとして、多岐に渡る分野で新しい時代を切り開きつつ世界を舞台に活躍した、石岡瑛子(1938-2012)の世界初の大規模な回顧展。時代を画した初期の広告キャンペーンから、映画、オペラ、演劇、サーカス、ミュージック・ビデオ、オリンピックのプロジェクトなど、その唯一無二の個性と情熱が刻印された仕事を総覧します。
(展覧会HPより抜粋)
1 Timeless: 時代をデザインする
展覧会は3章立てで、第1章では資生堂の宣伝部時代の仕事から幕を開け、グラフィックデザイナーとして、商業施設のパルコや角川書店のポスターなど1960~70年代の仕事を紹介する。資生堂に入社する際に「男性の大学卒と同じ給料を」と主張した石岡。彼女の伝説は既に仕事をする前から始まっていた。
この展示室は現代美術館ならではの大空間の中に、様々なポスターや校正紙が展示されており、石岡のグラフィックデザイナーとしての仕事を、線的(時系列的)かつ面的(ジャンルを横断して)に一望できる。
最初に展示されている初期の仕事の代表作の1つ「資生堂ホネケーキ」のポスター。PRすべき商品をナイフで真っ二つにする大胆さ。しかしインパクトだけのポスターではない。それはボディコピーを読むと分かる。
資生堂ホネケーキにナイフを入れてみました。(中略)高価なオランダ産チーズをスライスするあの感じに似ています。ミルクがチーズになるように、ハチミツはホネケーキになりました。ネリにネッた、いわば日と月の結晶です。(ボディコピーより一部抜粋)
「高価なオランダ産チーズをスライスする感じ」という具体的な例でその質感、さっくりと割れた時の感触を想起させ、「ミルクがチーズになるように」という比喩から、手間をかけて作り上げられた品であることをイメージさせる。このポスターでは他に、緑色の六角形のホネケーキからピンセットでエメラルドを取り出し、赤い四角形のホネケーキからパフェを食べる時に使う長いスプーンでチェリーを掬い取る。どれもそのコピーでは女性心をくすぐる言葉が綴られている。展示室ではついついその強烈なコピーやモデルの姿に目を奪われ「強さ」ばかりに目が行きがちだが、できれば小さく書かれたボディコピーもきちんと読んでほしい。インパクトのあるキャッチコピーの強さに対して、ボディコピーは優しいのだ(※本作のコピーライターは秋山昌)。ナイフで真っ二つにするインパクトと口どけの良い甘いお菓子のような優しいコピー。その絶妙なバランスが際立っている。
石岡は「女性はしとやかに(お茶くみでもしていてね)」という社会の中で「女の、女による、女のための」メッセージを発し、その鐘を鳴らす。強く、強く、強く。しかし、その鐘は必ずしも「女性」のためだけとは限らない。パルコの広告では沢田研二を起用し「時代の心臓を鳴らすのは誰か」と訴える。現代よりもさらに男性優位の社会であった当時において、出発点には”ガラスの天井”を打ち破るというモチベーションもあったことだろう。しかしパルコや東急、ポスターのいくつかを見ていけば、その闘いは「男だから/女だから」「白人だから/黒人だから」という対立を超えたところを目指しているように思えた。
いや、むしろ全てを呑み込もうとしていたのかもしれない。石岡がファッション雑誌の中の特集で自身のファッションイメージを表現するよう依頼された際、中国の切り絵に着想を得て、辮髪に前掛けをする子供を表現した。蓮の葉、あるいは茄子や蕪の畑をイメージしたセットの中に佇む子供たち。毒々しささえ感じるエキゾチックな作品からは、石岡がアメリカナイズされている世界においてマイノリティとしてのアジアを強く意識していたことがうかがえる。そしてその自身のマイノリティの属性をも”利用”して、作り出したい世界を創造する。そう、石岡は(男性社会に対する)「女性」も、(白人社会に対する)「黒人」も、(アメリカナイズされる世界に対する)「アジア」も、救うつもりはないのかもしれない。救おうとした時点でそれは憐憫だから。彼女は救わない。その代わり声を発する、鐘を鳴らすのだ。そういう意味では彼女の初期の仕事のフィールドが広告であったことは最適な選択だっただろう。広告が拡声器として石岡瑛子の言葉を世の中に響かせたのだ。
ちなみに、会場内では石岡のインタビュー音声が常に流れ、石岡の言葉が、神の啓示のように降り注ぐ。このインタビュー音声が降り注ぐように流れる構成、素晴らしくもあるのだが、やりすぎ感もあり。肯定するならば、それはつまり「石岡瑛子の美学」を強烈なインパクトで鑑賞者に洗脳させることができるという事だ。そう、もはや洗脳!
しかし一方で、前半生の仕事ぶりを全て一つの答えに収斂させてしまう危険性があると思った。単純に音声が邪魔で1つ1つのポスターに集中できない。ポスターなどはドキッとするほど写真もコピーも強烈で、そこからは闘う石岡の姿がビシビシと伝わってくる。しかし、1つ1つの作品のメッセージやコンセプト、プロジェクトによって微妙に異なる言葉の温度の違いというものがないがしろにされているように思えた。先述の通り、ボディコピーは優しいのだ。彼女の強さは決して攻撃的なモノではなく、優しいまなざしと共にあると思う。
鑑賞者を一種のトランス状態に陥らせようとするのが狙いであれば成功しており、本展においてそれは一瞬のうちに石岡瑛子の世界に没入させる手法として最適であるのは理解できるのだが、「闘う石岡瑛子像」を強調するやや過剰な演出(押しつけがましい感じ)にも思えた。彼女の闘う姿は、純粋に作品の中の”メッセージ”から掬い取りたかった。
また、この章では様々なプロジェクトの校正紙も展示されており、細かく色の修正などの赤字がびっしりと書き込まれている。校正紙をそんなに律義に残しておくものなのかと感心し、当時から既に伝説として語り継がれることが決まっていたかのようにさえ感じた。1つ1つ的確な指示を入れている赤字をみると、彼女のプロ意識が透けて見え、また広告という「モノを宣伝するための媒体」であり「社会に”どうあるべきか”を訴えるメッセージ」である両義性を感じた。このように書き綴っていく中で、本章のタイトルが「Timeless」であることの意味に思い至った。広告はある意味「一過性」の代表格のようなものであるのに、石岡の作品(メッセージ)は色褪せず、恐らく同じ広告が今出ても私たちはハッとさせられてしまうだろう。時代をデザインすることがすなわち「Timeless」になるとは。さりげなくつけられている章タイトルに込められた意図に感服する次第である。
2 Fearless: 出会いをデザインする
2章は80年になり、ニューヨークに拠点を移してからの仕事を紹介する。ここでは、未知なる仕事にこそ魅力を感じる石岡が、映画、音楽、舞台といった様々なジャンルに恐れることなく取り組み、それぞれのプロジェクトにおいて魅惑的なコラボレーションを果たした成果をみていく。
この章は、まず石岡瑛子が新しい世界に飛び込むときの名刺代わりとして制作した自身の作品集『石岡瑛子風姿花伝 EIKO by EIKO』から始まる。日本での仕事をまとめた本書を携え、世界へと踏み出す。(そしてこの本がさらに時を経て、後々の出会いにもつながっていくのだから、出来過ぎた話のようで面白い)。
この章で特に印象的だったのは、石岡瑛子が決して”過去のもの”、言い換えれば”既存の価値”というものを否定している訳ではないという事だ。それは特に舞台美術や衣裳のデザインの仕事でうかがえる。1988年、文化革命期の中国を舞台にした演劇『M.バタフライ』の舞台美術、衣裳、小道具などのデザインを手がけた石岡。展覧会にはその時の衣裳と共に舞台の映像が流れているが、私の感想は「実に歌舞伎的だな」ということだった。
舞台機構は、メビウスの輪のように舞台上で大きくカーブするスロープを作った。このスロープは舞台裏まで続き、役者はスロープを降りて舞台の下に消えたかと思うと、今度はスロープの上から再び登場するといった具合だ。また湾曲するスロープの中、舞台の中央では垂れ幕などを使って観客の目を遮り、「何が起きているのかよく分からない」状態に陥れ、幻想的な舞台を作る。最終的なデザインはモダンで石岡のセンスによるところだが、基本となる舞台機構は、歌舞伎のそれがヒントになっているのでは?と思った(舞台の下に役者が消えるのは歌舞伎のセリやスッポン、幕を使って観客の視界を遮るのも消し幕として歌舞伎の常とう手段だ)。衣裳も着物のような衣裳に全面に蝶のモチーフがあしらわれているのも、歌舞伎の豪華絢爛な傾城の衣裳(『助六』の揚巻)を彷彿とさせる。
この仕事のイメージソースに直接的に歌舞伎を持ってくることができるとは言えないが、恐らく日本での様々な仕事の中で、あるいは舞台芸術として、当然そうした伝統や様式を積極的に学び己のデザインのストックにしてきたのだろう。(パルコのポスターのうち「宿愚連若衆艶姿(ヤサグレテ アデスガタ)」も歌舞伎の外題を踏襲しているだろう。本作が石岡自身の方針としてそうしたかどうかは不明だが、こういう仕事の中で「日本的イメージ」「古典」などを己の血肉にしていったことと想像できる)
最終的なアウトプットが個性的(強烈)なのだが、石岡の作品の強さの源は、何かを否定したり捨て去って特定の個性を磨き上げるような方向ではなく、あらゆるものをその内に呑み込んで融合させて1つのデザインに昇華させる方向性だと思う。そういえば、かつて坪内逍遥が歌舞伎のその多様な様式、演出を「カイミーラ(三頭怪獣。頭は獅子、胴は山羊、後脚は竜の姿)」と喩えたが、石岡の作品(制作に対する姿勢)もそのような気配を感じた。石岡の作品自体は一貫した”石岡らしさ”というべき個性があり、歌舞伎のように目に見えて明らかにバリエーション豊かということとは違うのだが、そのデザインに至るまでの経緯の中にカイミーラ的貪欲さが透けて見えるといった感じだ。カイミーラ…なんだかしっくりくるぞ...。
3 Borderless: 未知をデザインする
第3章は、石岡の人生の後半、円熟期とも言える時期に携わった映画やオペラの衣裳、またフィールドはさらに広がり、シルクドソレイユやオリンピックのコスチューム、アーティストのミュージックビデオやツアー衣裳など、多岐にわたるデザインをみていく。
この章の中核になっているのが、インド人の新進気鋭の映画監督ターセム・シンの映画作品。ターセムは1961年生まれ(石岡が資生堂に入社したのが60年代初頭だから、石岡がデザイナーとしてのキャリアをスタートした頃に生まれたのだ)で、かつて石岡が出した作品集『EIKO by EIKO』をバイブルにしていた。世界を舞台にする時に出した1冊の本が、時を超えて運命的な出会いを石岡にもたらしたのだ。結局2012年に亡くなるまで、石岡はターセムの作品4作品に携わる。『ザ・セル』(2000)『落下の王国』 (2006)、『インモータルズ -神々の戦い- 』 (2011)『白雪姫と鏡の女王』(2012)で、展覧会では『インモータルズ』以外の3作品の衣裳と映像を見ることができる。
彼の映画を観たことがないので、会場内で流れる映像だけを頼りにした情報・感想だが、『ザ・セル』では、衣裳は衣裳だけで完結しているのでなく、空間さえ創造する(「ちょっと何言ってるか分かりません」というツッコミがきそうだが、私もそう思う。的確に表現できる言葉を紡げない自分が情けない)。あるシーンでは、長いマントがそのまま部屋の壁にまで沿っており、そのマントを着た人物が立ち上がり歩くことで、マントがスルスルと動き、人物の歩く軌跡にそってマントが部屋の空間の中を動き、まるでCGのような視覚効果を生んでいる。また『落下の王国』では、ターセムが「衣裳と風景が美術の役割を果たす」と考えるように、世界遺産を含む24か所という壮大なロケーションに石岡のビビットな衣装が際立つ、唯一無二の映像美が完成している。衣裳は様々な国の衣裳が柔軟に組み合わされ、それぞれ魅力的なキャラクターとなっている。映画の内容は、病院で出会った少女に語って聞かせる”おとぎ話の世界”なのだが、石岡のカイミーラ的手法のデザインが見事に「空想の世界の(どこかに居そうでどこにも居ない)登場人物」を生み出し、ターセムが求めた役割を十二分に果たしている。
本章で一番の展示は、オペラ『ニーベルングの指輪』の衣裳展示だ。ミヒャエル・ワーグナーに作の本作は「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の4部作によるこの作品はすべて上演すると15時間にも及ぶ大作だ。オランダ国立オペラのこの仕事を石岡は2年近い歳月をかけたようで、展示室には石岡の衣装デザインの集大成というべく数十体もの衣裳が並ぶ。石岡にオファーした演出家のピエール・アウディはかつて石岡が衣裳をデザインした映画『ドラキュラ』を見て、既存のイメージにとらわれない石岡の仕事に感銘し、この『指輪』においても古典的なイメージに固執せず、現代的なセンスを取り込むことを期待し石岡に委ねた。
この仕事で最も斬新であったのは、嫌われ者として登場するミーメというキャラクターに蠅をイメージした衣裳を着せた事だろう。
ミーメは唾棄すべきだがどこか滑稽味がある役柄。(中略)蠅は人間の周囲を日常的に飛び回っている害虫だが、手で簡単に追い払うことができる軽量級の存在でもある。
(本展図録:朽木ゆり子「『ニーベルングの指輪』の衣装デザイン」)
「蠅をモチーフにした」といってもそこは洗練されたデザインになっているのだろうと思いきや、割と「蠅っ!」と思うほど蠅であった(笑)。他の人物の衣裳がそれほど突飛でもないのに「浮かないのか?」と疑問に思ったが、やはりそこは映像などで実際の舞台をみると、1つの世界として統合されていくので、舞台美術は単体ではなく総合してみるべきものだと感じる次第だ。(会場では実際の舞台の映像を流しているのだが、そもそも舞台のセットなども古典的なオペラのイメージとは異なる斬新なセットなので、そこからして魅力的だ。いくつかのシーンをダイジェストで流しているのだが、それぞれのシーンが割と長いので、余すところなく観たいという人は鑑賞時間を十分に見込んでおいた方がいい)
どの衣裳も魅力的だったのだが、会場内で「これは仏像のようだなー」と思った衣裳があった。鬘も仏の髻(もとどり)を彷彿とさせる形で、衣裳も一枚の布が幾重にも重なるドレープが仏像の衣紋表現に似ていた。「これは神聖な役柄で、仏像をイメージしていたのだろうな」と思っていた。しかし、先程の朽木氏の論考によると、
ヘッドギアとドレープのあるガウンの組み合わせが仏像のような印象を与えるという理由で、石岡の衣装を日本的と書いた評もあった。石岡は、自分が目ざしていたのはむしろギリシャや古代エトルリアの彫刻のような世界で、Eiko Ishioka という名前のおかげで自分のデザインは日本的だとラベルを貼られてしまう、と後に異議を唱えている。
危うく私も石岡に𠮟られてしまうところだった(笑)。ただ、言い訳をさせてもらうなら、石岡のデザインは様々な古典の様式やデザイン、イメージを複合的に織り交ぜて一つの形に昇華されていっている。その中で石岡本人の意図しないところで、鑑賞者が自身の持っているイメージのストックの中から特定の様式を見出すことは当然あるだろう。私にとっては古代ギリシャやエトルリアよりも仏像のイメージに馴染みがある分、そう思えたのだ。その複合性、カイミーラ的手法が石岡の作品の魅力でもあるのだから、石岡にはこうした解釈もご容赦願いたい。(もちろんこの衣裳1つで本プロジェクトの仕事全体を「日本的」とは言えないので、そういう事への異議であれば理解できる)
4「始まり」で「終わる」
本展の構成の中でも最も洒落ているなと感じたのが、展覧会の最後に展示されている作品だ。『えこの一代記』。彼女が高校生の時に制作した、自身の生まれてからの思い出と思いを綴った絵本だ。グラフィックデザイナーになる事、世界で羽ばたくことが決まっていたかのように、シンプルな線とカラフルな配色が”洗練さ”と”かわいらしさ”を両立させており、文章も英語で綴られている。「才能とはこういう事か!」と思わずにはいられない。
石岡瑛子の人生とデザインを振り返り、創作への飽くなき旅を見続けてきた後で、その原点と言うべき本作を見るという構成は何ともドラマティックなことか。その中で綴られている「世界中を旅して、美味しいものを食べ」たいという夢と希望に溢れた一人の少女の思い。石岡はその少女の頃の気持ちのまま、人生を駆け抜けた。晩年の仕事であるターレム・シン監督『白雪姫と鏡の女王』、グリム童話でお馴染みの白雪姫は心優しい”お姫様”ではなく、自ら剣を持ち運命を切り拓く女性だ。
見終わってみれば、鑑賞中体中に何か興奮めいたものが走っていたのだと気づく。副題の「血が、汗が、涙がデザインできるか」というインパクトあるコピーの意味も少しわかった気がする。振り返れば彼女のデザインには「身体」が基本にあったように思う。ポスターにおいてはモデルの体がそうだ。そしてそれは決して綺麗なフォルムとしての体ではなく、人間としての魂を宿した身体としての表現であった。見ているだけで私たちの「身体感覚」を疼かせるような石岡のデザインは、魂を宿した身体ー血が流れ、汗を流し、涙を流す身体ーを、生き方を、未来をどうデザインしていくか、という問いでもあった。そして今、その問いは私たちに投げかけられた。
私たちの身体は、血と汗と涙は、何ができるのだろうか。
おまけ
鑑賞後、あわ立った脳をクールダウンさせるべく美術館の地下にあるレストラン「100本のスプーン」へ。
展覧会限定パフェ【赤を纏った果実のパフェ】(¥980-)
シャーベットが濃厚で美味。ちょっと血肉を食べるような気分も味わえて展覧会にピッタリ!
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