木霊のエルフに施す薬
暑い。坑道に足を踏み入れた途端にむっとした熱気がルメの頬にあたった。緩く下って行くにつれてそれは顎から汗を滴らせた。持参のカンテラを巡らせれば黄色く滑らかな岩肌ばかりが目に入り、輝石の欠片も見当たらない。
「この辺は全部採り尽くしちまった」
先を進む案内人が呟いた。”木霊のエルフ"らしくツルハシを背負い、終生鋏を入れることはないという翡翠にも似た髪の間から覗く背中は、松を思わせる鱗状の樹皮に覆われているが、良く磨いたふくらはぎが艶めかしい板目を見せている。
「あの、それは、いつ頃のお話しで……?」
右手にランタン、左手にピッケル。肩から斜めにかけた鞄から帳面を出そうかどうか、と迷う間にも、彼女は木目も露に裸足で滑るように進む。
「さてなあ。百年がとこじゃないか。……先生、そう焦んなさんな」
彼女は足を止めてルメを待ち、並んでまた歩き出した。
二日前、彼女らの里を訪れたルメが先ず難儀したのが天幕の設営だった。森の精である彼女たちは風雨を恵みと考えこそすれ、ヒトのように家屋を用いて凌ぐということをしなかった。ルメは家屋を必要性を必死に説いて天幕を張る許可を得た。また彼女たちはかつて同胞だった樹木を正確に見極めた。あれはかつて長であった樅なので伐ってくれるな、その楓は姉だ、曲げてはいけない、その苗木は夭折した子供だった、踏んではならない、と。
結局、里を右往左往するルメを見かねたように、彼女が案内役を買って出てくれた。名をミラと言った。
「この辺だ」
坑道は聖堂めいた大空間に通じていた。天井はランタン一つではとても照らしきれぬ高いところにあり、壁のそこここに鉄の輪を繋げた梯子を打ち付けてあった。梯子の上に灯りを向ければ、ちらちらと輝石が赤や青の光を返した。そして、ミラが指さす先にそれはあった。
「あたしらの赤ん坊だよ。お医者先生、頼むよ……」
ミラは緑色の輝石にも似たそれを愛おしそうに撫でた。
【続く】