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琥珀色のスケイトリイ【秋ピリカ2024】

「ごうかいな こいをして たくさんのスキをしました」

私の手のひらの上で寝そべりながら、最後の式神がほがらかに言う。グリコの包紙をひとさし指でなぜながら「ヘタクソだねぇ、日本語が」と、あなたからよく言われた言葉を独りごちて顔を上げる。

対岸に広がる朽ちた町と、百年前に役目を終えた電波塔。此岸しがんに暮らす人々から、電波塔は「高い」と言う意味の公用語で呼ばれている。本当の名前を知る人や、知ろうとする人はもういない。

「パーデンネン」

式神が囁くので「それはなあに」笑いながら耳を寄せた。あなたの部屋に遺された紙を左右で対になるように折り、線を挟んで点をふたつ描いてやると、紙は日本語を話す式神になるのだった。アルゴリズムで言葉を操る私にとって、流暢なものも訥弁とつべんなものも、式神の話す日本語は等しくほころんでいて温かい。

本を破り尽くし、文具や書簡のたぐいも使い尽くし、とうとう紙の失われたあなたの部屋で、最後に見つけたのがグリコの包紙だった。

古いブリキの缶の中で、幼少時の宝物と共に仕舞われていた紙は、いま手のひらの上でほのかに震え始めている。式神はいつも、数日で死んでしまう。耳を傾け次の言葉を待つうちに、ふと、あなたに初めて会った日のことを思い出す。

「変わってくのを、どうしても見たくないものって、みんなひとつはあるんだよ。変わってくものだと分かっていても、ほんとうに愛してしまったときは、変わらないでほしいと祈ることをめられない。だから紙があるの。だからみんな、紙に物語を書き留めてきたんだよ」

そう言って、あなたは手元にあったチラシを折りたたみ、卵特売98円の上からボールペンで目を描いた。それも物語なの?と訊くと「物語だよ」と言い切って、
<こんにちは。ぼくと遊ぼうよ>
声色を変えて言いながら、チラシを左右にゆらしてみせたのだった。

「いまこわれていきます おめでとう」

あのときと同じ声色で、楽しそうに式神が言う。耳を離し手のひらを見下ろすと、こときれた紙が静かに横たわっていた。いつもそうしてきたように、丁寧に紙を割いて、隅田川にさらさらと放つ。あなたからもらった最後の日本語が、ちぎり壊した紙と共に、河に解けて流れてゆく。

体のしんから湧くように、何かに呼ばれたような気がして、欄干を強く握りしめた。

こたえたくて堪らないのに、さけばずにはいられない気持ちになるのに、アルゴリズムが機能しないので、
きこえてる。わかってる。おもってる。
定まらない日本語ばかりを心のうちにほとばしらせていると、いつの間にか私の隣で、見知らぬ子どもが熱心に電波塔を見つめている。

ほとんど無意識に身を屈め、電波塔の本当の名前をそっと子どもに耳打った。無邪気なふたつの丸い目が、ゆっくりこちらに向けられる。

「スケイトリイ?」

嬉しそうに言い、誰かに呼ばれて振り返る。夕映えに包まれた、隅田川の水面みなもと同じ、琥珀色にひかる子どもが笑いながら駆けてゆく。




<1200文字>



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