カップを置いて眺めたら
私が、まだ中学生だった頃。
当時の将来の夢は、"シンガーソングライターになること"でした。
自分で作った曲を歌って、人々の胸を打つ。
それは、借り物の歌を上手に歌う歌手とは、全くの別物。
その人自身の思いや、世界観が感じられるのは、
やっぱり、何と言ってもシンガーソングライターの歌だと思っていました。
歌も歌えない、楽器も弾けない私でしたが、
頭の中で、いろんな曲を作詞作曲しては、一人で悦に浸る日々。
高校時代は、軽音楽部を2週間で辞め(笑)、
大学時代は、クラシックギター部を1年位で辞め、
社会人になってから通ったギター教室も数ヶ月で辞め、
20代の内に、これといった戦果は何も挙がりませんでした。
これまで、頭の中で作ってきた音楽。
いつか、人形劇を形にしたときには、主要メンバー4人に、
もう1人を加えた5人編成のバンドによって、
それらの曲を披露する機会が持てたらな、と考えています。
今では、かつての夢に対して、そのように折り合いを付けていますが、
私が20代後半で、社会人になって数年が経過した頃は、
もう、シンガーソングライターの夢のことなど、すっかり忘れていました。
人間関係がしょっぱくてならなかった1社目の頃(笑)。
今日も今日とて、残業を終えて、帰りの電車を乗り換え、
違う鉄道会社の駅へと歩いていた道すがら。
駅前で、アコーディオンを弾きながら歌う、
珍しいタイプのシンガーソングライターの男性を目にしました。
しかし、彼の前に立ち止まる人はおらず、
その歌を聴き入っているのは、気付けば自分一人だけに。
彼が手渡してくれた歌詞カードには、歌詞の上に、
"作詞・作曲 : 仲条 幸一"という、本人の名前が記されていました。
「次は、『東京アセスメント』という曲を歌います」と言って、
また歌い始める彼。
街の慌ただしさと、行き交う人々の心細さ、
人生を覆い尽くすような、何とも言えない虚しさが胸に迫ってくる、
大変素晴らしい曲だと思い、私はなおのこと聴き入ってしまいました。
是非、もう1、2曲聴き続けたかったのですが、
そろそろ電車が来るということで、
「とりあえず、CD1枚買います」と言ってお金を渡すと、
CDと一緒に、次に自身が参加するライブのチラシを手渡されました。
(当時、購入したアルバムCDです)
ある休日の夜。
友達3人を連れて、おしゃれなライブハウスへと向かった私。
その夜の出演者は4組で、仲条幸一さんの出番はトリでした。
1組目に出てきた、男性のシンガーソングライター。
ピアノの弾き語りだったのですが、
正直、そんなに良い曲ではなく(笑)、隣に座っていた若いOLの女性は、
曲中にも関わらず、終始スマホを眺めていました。
2組目、3組目の演奏が終わり、いよいよ真打登場(笑)。
CDで何回か聴き返した曲が次々と演奏され、
「やっぱり、生演奏はまた違うなぁ」と、改めて聴き入っていました。
もじゃもじゃヘアーで、メガネをかけた、
どことなく知的な空気も感じさせる彼が、
カフェでコーヒーを飲みつつ、窓から見える東京の街並みを、
ぼんやりと眺めながら、ゆっくりと紡いでいったような楽曲達。
そこから伝わってくる都会の街の風が、何とも心地良い。
そして、ライブの大トリを務めた彼が、
出番の最後に歌ったのは、「ゆうやけこやけ」という曲でした。
思わず、童心に帰ってしまいそうな、夕暮れの帰り道を想像しつつ、
ふと、隣に座っているOLさんの方に目をやった私。
彼女がステージを見つめる表情は、完全に"恋する乙女"のそれでした(笑)。
今でも、「ゆうやけこやけ」を聴くと、
当時のライブハウスの時間を思い出します。
たった1曲で、うら若き女性が恋に落ちてしまう。
シンガーソングライターの歌はやはり凄いと、改めて思い知らされました。
ステージで自身の曲を歌う傍ら、
ハロプロのコンサートで、バンドメンバーとして演奏もしていた彼。
現在は、ミュージシャンとしての活動はしておらず、
大学の教員として勤めているのだそう。
シンガーソングライターが、自身の表現活動もしながら、
普通に生きていけるような社会になればいいのに…とも思いつつ、
創作活動の輝きが、いかに刹那的な物か、考えさせられた次第です。
また、彼の生ライブなどを聴ける機会が、
いつか来ることを、陰ながら心待ちにしております。