第3回 『ペルソナ3』~凡人・伊織順平を語る
『ペルソナ3』という作品
『ペルソナ』シリーズ。
今でも高い人気を誇るこのシリーズについてはあまり語らなくてもいいかもしれませんが、簡単に触れておきますね。
『ペルソナ』シリーズは、学生たちが主体となった、「ジュブナイル」というジャンルにあたるRPGです。
子どもたちの周りで起こる事件が世界の危機につながっていくという点を考えると、「セカイ系」というジャンルにも通ずるところがあると思っています。
『ペルソナ3』は、前作までに確立されたシステムを大きく打ち壊した作品で、これまで全キャラクターのペルソナが付け替えできたものが、主人公以外のペルソナはほぼ固定化されています。
これはシステムだけの都合ではなく、固定化されたペルソナの成長がストーリーに関わってくるため、よりストーリー性を詰めた結果なのかもしれませんね。
今回は、登場人物のうちの一人であり、凡人代表であり、わたしが大好きなキャラクターである伊織順平の視点を考えながら、この物語を追いかけていこうと思います。
今回の記事は、性質上どうしてもネタバレが含まれますので、以下の内容はそれを承知していただける人だけ読んでいただきますようお願いします。
伊織順平は凡人である
伊織順平という少年は、本当に普通の少年なのです。
それがある日突然ペルソナ能力に目覚め、シャドウと戦いタルタロスへ挑む「特別課外活動部」(以下S.E.E.S.)の一員として戦いの中に身を置くことになります。
しかし、その中においても彼は平凡な人間なのです。
「S.E.E.S.」のメンバーは、過去あるいは現在に何かしらの問題や重荷を抱えて生きているのです。
そんなメンバーの中にいて、伊織順平というキャラクターは平凡過ぎて逆に異質に見えるような気もします。
物語の冒頭で、彼はペルソナ能力に目覚め、「S.E.E.S.」に期待の新人として迎えられます。
……と思いきや、同時期にペルソナ能力に目覚めた主人公は、ペルソナ能力に目覚めただけではなく、他の人間ではあり得ない、「複数のペルソナを自由に付け替える」ことができる能力を持っていたのです。
伊織順平という少年は、特殊な能力を手に入れてもなお凡人なのです。
『女神転生』シリーズやその外伝作品において、主人公とはプレイヤーの分身であって、選択肢や戦闘中のボイス以外では喋ることはほぼありません。
しかし、『ペルソナ3』においては主人公が特殊過ぎます。
感情移入をするには特殊性が強すぎるのです。
そこで、伊織順平という凡人が活きてくるのです。
彼は、物語冒頭から主人公に嫉妬し、時には苛立ってぶつかるような、感情豊かな歳相応の普通の少年。それがただ少し不思議な能力を手に入れただけなのです。
だから、わたし個人としては、プレイヤーが感情移入をするためのキャラクターとして伊織順平が存在していると思っています。
そして、凡人である彼も、戦いの中で得るものと失うものができてくるのです。
そうした出会いと別れを通じて、伊織順平という少年は大人へとなっていくと考えています。
伊織順平は嫉妬する
伊織順平は、先ほどから書いているように『ペルソナ3』の中ではずば抜けた凡人なのです。
しかし、『ペルソナ3』の物語が進むにつれて、彼はかけがえのないものに触れ、大切なものを手に入れ、そして失い、成長していくのです。
彼は物語の冒頭、選ばれた人間だと思い込んで「S.E.E.S.」に参加するのですが、そこで自分の能力の遥か上を行く力を持った主人公に出会います。
平凡な生活をしていた少年・伊織順平は、ペルソナ能力を手に入れたことで非凡な生活へと身を投じることになるのですが、彼はそこで舞い上がってしまうのです。
彼はとても気さくで気の利く明るい少年です。
主人公が転校してきた当初、真っ先に声をかけて友人になり、コミュシステムでも仲を深めていく、主人公の親友としての立場にあるキャラクターです。
しかし、戦いの中では話は別です。
彼は自分が思っていたのとはちょっと違う「S.E.E.S.」での生活の中で、非凡中の非凡な才能を持ち、組織の中心になっていく主人公に対して劣等感を抱くようになってしまいます。
戦いの中で思い通りにならず、主人公に当たってしまうことも増えてきます。
しかし、順平自身もそうやって嫉妬に駆られて子どもっぽく当たってしまった自分に落ち込む描写も出てきます。
伊織順平は出会う
そんな中で彼が出会うのがチドリという少女。
彼女は暑い中でも白いロリータ服に身を包み、駅前で絵を描いていたのです。
そんな風景に不釣り合いな存在である彼女に興味を持った順平は、彼女にやや嫌がられながらも、交流を重ねていき、彼女を通して自分を見つめなおすようになるのです。
そういった交流の中で、順平にとってチドリという存在は大きなものになっていくのです。
しかし、チドリは「ストレガ」という桐条グループによって生み出された人工ペルソナ使いたちの組織で、「S.E.E.S.」と敵対する存在だったのです。
チドリは順平を通して「S.E.E.S.」の情報を手に入れ、順平を利用して彼らを貶めようと画策していたのです。
しかし、チドリも順平との交流を通して、自分でも気付かないうちに彼が大きな存在となっていたのです。
チドリに救われ、彼女を背負う
チドリは、最後には「ストレガ」として「S.E.E.S.」と戦い、その戦いの果てに「ストレガ」のリーダーであるタカヤの銃弾に順平が倒れ、死に瀕することになります。
彼を失うことを恐れたチドリは、自分のペルソナ「メーディア」の能力を使い、自分の生命力を彼に注ぎ込み順平を生かし、自分を殺すという選択肢を取ります。
こうして、伊織順平は平凡な人間から、自分の中で大切な存在になった一人の少女の命を、文字通り背負って生きることになるのです。
伊織順平の魅力
彼を語るうえで彼の出会いと喪失の話を前提にしなければいけないと思い、やや長い紹介になってしまいましたが、ここから伊織順平という少年について、わたしが好きなところを語っていきます。
正確にいえば、わたしが好きなのは伊織順平だけではなく、チドリという少女を含めたこのふたりなのです。
他の登場人物と比べて「何も持っていない普通の人間」である順平と、人体実験によって「普通であることを奪われた少女」であるチドリ。
このふたりは本来絶対に巡り合わない存在だと思います。
しかし、運命のいたずらは彼らを巡り合わせ、大切なものを得た順平と、奪われて得られなかったモノを手に入れたチドリは、絶対的な価値観の違いがありながら惹かれあっていくことになります。
彼女を失った順平は、哀しみにくれながらも彼女にもらった命を背負って前を向こうとするのです。
彼は、確かに物語の冒頭では何も持っていませんでした。
しかし、何も持たないからこそ、ただの人であるわたしたちプレイヤーに一番近い視点としての仕事をし、非凡な主人公に嫉妬し、登場するキャラクターの中で一番大人に近づいたのではないかとわたしは考えます。
この大きな成長の物語が、伊織順平というキャラクターの魅力だと思っています。
正直、個性が強く、魅力あるキャラクターが多い『ペルソナ3』という作品の中で、凡人であり、子どもっぽさも目立つ伊織順平というキャラクターは決して高い人気を得られるキャラクターだとは思えません。
それでもわたしは、凡人・伊織順平と、彼を成長を語るのに欠かせない悲運の少女チドリを愛してやまないのです。
これだけは語らせてほしいこと
ここまでで、記事として書きたいことはほぼ書き終えたのですが、これだけはどうしても順平とチドリが好きな人間として語らせてほしいことがあります。
それは、順平の成長したペルソナ「トリスメギストス」の存在です。
彼のペルソナが「トリスメギストス」に覚醒するのは、チドリに命をもらい、死の淵から蘇った後のこと。
彼のペルソナ「ヘルメス」とチドリのペルソナ「メーディア」が融合する形で「トリスメギストス」に覚醒しますが、ここで「メーディア」のパッシブスキルであった「回復の泉」を引き継ぐのです。
スキルとしては毎ターンHPが回復するだけの分かりやすいスキル。
しかし、そのおかげで順平は非常にタフなキャラクターに変わります。
とはいえ、ここで語りたいのはそんなシステム的なことではなく、「メーディア」のスキルを「トリスメギストス」が引き継いだところ。
このスキルの存在が、順平の中のチドリを感じさせています。
こういう部分も、順平がチドリの命を背負って生きていくことになるという「重さ」が見えてとても好きなんですよね。
もうひとつの物語
さて、ここまで読んでくださった方はもうご存知だろうとは思いますが、『P3フェス』以降の作品では、チドリの生存ルートが存在します。
後日談にあたる格闘ゲーム『P4U2』の順平シナリオから、チドリの生存が正史として扱われているようです。
わたしはどちらのルートも好きなのですが、『P4U2』での順平を見ると、チドリが生きていることが彼の今の明るさや懸命さにつながっていることが伺えて、生存が正史であるのも納得しています。
生存ルートは生存ルートで、チドリがペルソナやシャドウについて、順平についてのすべての記憶を失っている状態なので、そこから彼女を支え、彼女の信頼を得て、今度こそ守りたい存在を守ろうと奮起しているであろう順平の姿を想像するのもまた好きなのです。
さて、今回はここまでにしましょう。
長文になってしまいましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
それでは、また来週。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?