よもぎの海底探索 その1
祭壇をくぐる、それはこの先は別世界だということ。守られた、あるいは封じられた場所と自分の世界を隔てる境界線を越えるということ。
建てっぱなしの石でできたアーチにはロープと、それに結ばれた飾りが2本の柱をつなぐようにつけられている。その奥にはぽっかりと口を開けた洞窟があった。アーチの下には誰かを誘うように赤い蝋燭が点々と洞窟へ向けて並べられている。それはまるで罠。小さな光の粒は大きな口へ誘う餌のようだ。
ただ、この滅びた王国にそんなものはなく、昼寝をしていただけで遠い島に流された子どもに、それを知る由は無い。
島に降りた子どもは不気味なアーチと洞窟に不穏に思いながらも、アーチのそばに落ちていた硬い蓋の二枚貝をこじ開けたり、洞窟に向けて置かれた蝋燭を灯すことに夢中になる。そうして気づかぬうちに洞窟へ誘われたこどもは、次の蝋燭を探し、ふと顔を上げた。
なんて大きな生き物だろう!
洞窟の壁に、誰かが残した壁画が、子どもの持つ蝋燭に反応するように浮かび上がった。
ゴツゴツした大きく長い体が海原から飛び出し、小さく書かれた舟と精霊をまるで飲み込もうとその巨体を曲げ襲いかっている。
まじまじとその壁画を観察するうちに、小さなゴンドラに乗って海原を進んできた自分と今にも飲まれそうな壁画の精霊が重なり、子どもは思わずふるふると身震いした。
なんだか怖いなあ。この子がもしこの海にいたら懐かせることはできるのかな。その前に僕が懐くことはできるのかな。ちょっと難しいかも。
それでもその大きさに思わず関心していると、洞窟の奥から、ポチャン、と水が跳ねる音が聞こえた。まさか、壁画の生き物!?と思わずビクッとふわふわの頭が尖りそうな勢いで体を強張らせ、恐る恐る洞窟の奥に目を向ける。
そこには岩の隙間から漏れる光に照らされたマンタの像が建っていた。子どもには見覚えがあった。いつかあの子と楽園の島を探検したときに見つけていた。そこには3つほど同じものが並んでいたが、ここにはぽつんと寂しそうに一つだけ。
その姿に心がしゅんとしぼんでしまって、子どもは自然と像の前に座った。
こんにちは、マンタの像さん。ひとりで寂しくない?
よければ僕とお話ししようよ。
じっと像を見つめる。
段々、じわりと、像が白く輝き出した。まるで子どもの光を分け与えられるかのように。
ピィ
ピュゥイ
聞き馴染みのある声が頭上から聞こえる。それは空飛ぶマンタ。ただ少し違うのは精霊たちのように青く透けていることだ。
マンタさん、僕に何か伝えたいことがるの?
どうか教えてくださいな。
僕にできることならお手伝いするよ。
ふたりは見つめ合う。通じ合わない声と知っててもその鳴き声を受け止めた。
ピューィ
薄いマンタの体がさらに薄くなる。尾の方から透け、それが子どもの体に流れ込んでいく。それはまるで光の翼を初めて手に入れたときのような、何かを思い出したかのような瞬間。
子どもを包む光が弾け、白い花火が輝いた。
子どもはふと足元の水面を見つめ、ゆっくりチャポンと浸かっていく。そして大きく空気を吸うと、浮力を手放し、水圧に身を任せ、洞窟の奥、水底に続く道を泳ぎだした。