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この記事書いたのだあれ? 新聞記者署名記事年鑑 朝日新聞 2023年9月暫定版 全データ公開

日々の新聞記事で見かける記者の署名、あなたはどれくらい気にしたことがあるでしょうか?
この試みは、膨大な記事に埋もれている記者の署名を収集、整理して、新たな発見に繋げようという狙いのもとに作成するものです。
とはいえ、情報の収集分析の労力は個人ひとりの努力で賄うには限りがあるので、試案としてまずは朝日新聞2023年9月の誌面をサンプルとして作成、公開させていただきます。

朝日新聞の会社情報によると、2023年4月現在で
社員数 3,939人(男性3,128人、女性811人)
ということです
9月1日から30日までに掲載された記事かのうち9月に掲載された署名記事は、663名分(のべ2479本)にのぼります。つまり、全社員の16.8%にあたります(663名のうち、編集委員は40人。論説副主幹、論説委員、論説委員といった肩書きは4人でした)。

9月は政治で言えばASEAN会議や国連総会演説、スポーツでは阪神リーグ優勝、社会的な話題ではジャニーズ事務所の問題などが注目を集めました。そんななか、最も多くの署名記事が掲載された記者は誰だと思いますか?
以下、前置きが長いので、興味のあるところからご覧ください。


何の役に立つの?

野球やサッカーの試合は、それだけでも楽しいものです。しかし手元に選手紹介のパンフレットや選手名鑑があったなら、楽しみ方はもっと深く豊かなものになるでしょう。同じ事が、新聞記事についても言えるのではないかと思っています。
たとえば、今年18年ぶりのリーグ優勝を決めた阪神タイガースをずっと追いかけて、優勝の翌朝の1面とスポーツ面で合計3本の署名記事を載せた担当記者は大坂尚子さん。名前を知るとおもわず、ほっこりしますね。苗字のことはたまたまでしょうが、高校時代は野球部のマネジャーだったと知ると記事への信頼も一層増すというものです。

そんなこと? と思われるかも知れませんが、入口はそんなことでいいのです。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞といったタイトルだけでなく、それを書いているひとり一人の記者が人として浮かびあがってくると、日々の新聞から得られる情報がより豊かになることでしょう。

「〇〇新聞ガー」といったメディア批判も、個人の顔が見えてくると、「〇〇記者のスタンスは違和感があるが、〇〇記者は親近感が持てる」であったり、「〇〇記者のこの記事はおかしいと思うけど、あの記事は良かった」など、大括りでない批判や批評が生まれうることになるかも知れません。

書き手の記者にとっても、読者が署名に注目しているという意識が高まれば、社として間違いのない記事かという視点のほかに、私の名前で出す記事としてブレていないか、といった視点が加わるのではないでしょうか。人生100年時代、ずっとひとつの会社で働き続けることが難しくなってくるなか、記者のキャリアの描き方が多様になる流れを応援することになるかも知れません。

PRの仕事や社会運動などに関わっている方は、より具体的なメリットが得られることでしょう。漠然と「新聞などのおおきなメディアで取り上げてもらいたい」という考えるより、伝えたい話題により関心を持ってくれそうな記者に、より関心を持ってもらえそうな切り口でアプローチすることが出来ます。
記者の側が、余計な売り込みの対応に手を取られて面倒だと感じるか、より適切な情報提供が得られてありがたいと思うのかは受け取り方次第かと思います。
新聞記者の専門的な知識に期待して寄稿や講演を依頼したいという方にとっても役に立つでしょう。

新聞社の姿勢、体制が分かります。メディア研究は、私たちが受け取っているメディア空間の状況を理解することに役立ちます。新聞社の経営難やデジタルシフトが進む中、記者のあり方はどうなっていくのか。経年的な調査ができれば、なお一層深い知見が得られることでしょう。

例えば、先に「9月に署名記事を書いた663名は全社員の16.8%にあたります」と書きました。
記者職が何人いるのかは分からないのですが、ここで朝日新聞が2020年に赤字を受けて2023年までに300人の希望退職を募ると当時報じられたことを思い起こすと、改めて大きな数字であることが実感されます。

あとで触れますが、記者のプロフィールを追っていくと、朝日新聞の記者で著書がある人は何人もいることが分かります。版元は朝日新聞出版とは限りません。講談社、光文社、岩波書店、幻冬舎、社会評論社など様々です。
今年4月に朝日新聞の元社員が講談社から出した著書について、朝日新聞は「退職者が在職時に職務として執筆した記事などの著作物は、就業規則により、新聞などに掲載されたか未掲載かを問わず、本社に著作権が帰属する職務著作物となり、無断利用は認めていません」と表明して抗議しました。
知り得た事実を明らかにする権利はどこまであり得るのかという議論が巻き起こったことは当然と思いますが、朝日新聞の現役記者が書いている本はこれだけあるのに、今回の案件は何が違ったのか、といった視点での議論が深まれば、今後にとってさらによい積み重ねが出来たかも知れません。

何でやろうと思ったの?

実は、こうした調査は、20年ほど前に一度やったことがあるのです。
ブログという言葉が流布するより前の90年代後半、「thinking about medea」という個人ホームページをやっていたことがありました(IBMホームページビルダーが懐かしい)。
雑誌のABC部数の推移グラフと掲載して、女性週刊誌急落の流れは男性・総合週刊誌にもいずれやってくるのではないかといった記事を書いたり、199年に日本公開された映画「ユー・ガット・メール」に描かれた大型書店の姿に衝撃を受けて有給をとってニューヨークに向かい、マンハッタン島の全ての「バーンズ・アンド・ノーブル」の店舗を回ってレポートを書いたり(その時に紹介してもらった通信社の記者にアメリカのバイラインのあり方についてもインタビューしています)、2001年のアメリカ同時多発テロで取材に入ったニューヨークのホテルの前がワシントン・スクエア公園で、慰霊の蝋燭が灯され、人捜しの張り紙に混じって怒りをぶつけるメッセージが多かったものが日を経るに従って癒やしや相互理解を求めるメッセージに変わっていく様を眠れない夜にレポートしたり。Ycaster伊藤洋一さん、溜池通信かんべえさん、『ネット起業! あのバカにやらせてみよう』の著者で当時はプレジデント社に所属していた岡本呻也さんと「四酔人」と称してメディア時評座談会を掲載してみたり。

そうした活動のひとつが、新聞記者署名記事年鑑の作成と公開でした。
私が社会人になった1990年頃のメディア業界は、右と左のスタンスがハッキリ分かれていました。雑誌で言えば、「朝日ジャーナル」も「諸君!」もまだ健在でした。新聞記事は、何が起きたか、と、この出来事をどう理解評価するべきかが、最初からまぜこぜで書かれているような書きっぷりが多かったのです。新聞社にはそれぞれにスタンスがあり、同じ出来事も朝日新聞と産経新聞を読むとまったく違うことにように思える。何が起きたのかを頭のなかで選り分けて読むのが毎日大変。かといって日経新聞はファクトの把握には便利だけど、経済記事以外は情報に深みがなくてやっぱりよく分からないという状況でした。

そうしたなかで湾岸戦争が勃発しました。90年8月にイラクがクエートに侵攻します。全土の占領まで、わずか6時間だったといいます。そして翌年1月にはアメリカを中心とした多国籍軍が軍事作戦を開始します。それまで大国アメリカの圧倒的武力に批判的だった人たちが、クエート開放を目の当たりにします。
また、91年にはゴルバチョフ大統領がソビエト連邦議会を解散。東西冷戦の一方の巨頭だったソ連が崩壊しました。
そうしたなか、朝日新聞の記事のなかにも、様々な価値感の記事が混在するようになり、統一感が無くなりました。朝日の社論はこうだから、読売はこうだから、といった切り口では、記事との距離感を図れなくなってしまったのです。読者としては、とても面倒なことでした(毎日のことだし)。
そうしたなかで、新聞記者個人の名前がもっと表に立ってくるようになれば、読者がそれを足がかりに、記事との距離感を図れるようになるのではないかと思ったのです。
デパートがそこの店を構えるテナントのブランド力の集合体として価値を作り上げているのなら、新聞社の看板もそこに集う記者のブランドの集合体として輝く道があるのではないかと思っていました。

残念ながら、当時のwebサイトのデータが記録されたIDE規格のハードディスクは引っ越しの段ボールに入ったまま自宅のどこかに埋蔵されていると思います。
当時は、全国紙で言うと、毎日新聞を除けば、署名がついた記事は主に国際面、スポーツ面が少々。あとは本当に数えるくらいだったと思います。
もし新聞記者がネットで自分の名前を検索すると、ほぼ確実に私のサイトが目に入ったはずです。それを見つけた新聞記者から連絡をもらうことが時々ありました。嫌み、クレーム、事実修正の依頼、前向きなアドバイス。そうしたときに直接会いに行って知り合いになった人も何人かいます。ちなみに、Google検索が日本でサービス開始するのは2000年のことでした。

さて、そんなことをしているうちに2003年のイラク戦争(第二次湾岸戦争)の危機感が高まってきます。すると、ワシントンから今まで居なかった記者の署名記事が増え始め、戦争が始めると今まで目にしなかった中東近辺の都市からの署名記事が出るようになりました。
世界的な緊張を前に、新聞社が数カ月をかけてどういうふうに記者を配置していくのか、戦時の対応が署名記事の変化から見えて興味深く感じたものです。

そういう訳で、こうした調査は本来、長期にわたって定点観測されていくのがふさわしいと感じていました。しかし、仕事が忙しくなって、個人サイト自体の更新もままならなくなってしまったのです。

いつかはもう一度調べて見たいと思いつつ幾星霜。昨年起きたロシアのウクライナ侵攻は、クエート陥落を思い起こさせるものでした。その後、ロシアに対する姿勢、ウクライナ支援に対する姿勢、平和のあり方についての様々な言論が繰り広げられています。そこで久々に手を付けてみたわけです。

ところが、当時と違って署名記事の本数が爆発的に増えていて、追いかけるのは体力的にも、時間的にも大変でした。そこで、この作業はいったん9月分までで終了して、試作版として公開することにしました。
朝日新聞の2023年9月1日~30日のほかは、日本経済新聞の9月1日~7日の情報までを扱います。

また、今回のデータ収集、記事作成には、朝日新聞の友人知人のアドバイス、情報提供は一切受けていません。内部の情報を知り得ない人間が外形的に見てどこまでのことを類推、理解出来るのか、という立場で作成しました。
社内、業界の方からみたら浅慮、不勉強と思われることもあるでしょうが、事情をご理解いただければと思います。

記事収集のルール


朝日新聞電子版の朝刊、夕刊、beの記事一覧からリンクされている記事を収集対象としています。記事の長短は考慮していません。

朝日新聞の場合、電子版の一覧に含まれない地域面、水曜日の番組情報面に掲載される「記者レビュー」といった記事は調査対象としていません。

署名とは、記事に付された()内の氏名のうちライター、エッセイスト、女優といった外部筆者の肩書きがないものと朝日新聞の記者と認定してカウントしています。記事の収集の順番は、電子版の掲載順に準じています(意外な飛び方をする場合の多いのですが、他に基準がないので)。

記事のどの範囲を1本とカウントするかは、電子版の一覧に準じています。例えば、ある記事が大見出しのあと3つのパートに分かれていて、それぞれに(A、B)(C)(A)という署名の記載があった場合は、A、B、C、いずれも1本とカウントします。複数ページにわたる企画の場合はそれぞれのページの記事ごとに署名があればカウントし、続きのページに署名の記載がなければ一連の記事であることが明確と思えてもカウントしていません。

(文・写真 A)とある場合はAの記事1本とカウントします。(文・A 写真・B)とある場合は、AとBそれぞれ1本とカウントします。

聞き手、構成といった形で名前が付された記事も1としてカウントします。

囲碁将棋欄の(琴棋庵)(青)や夕刊クラッシック欄の(金)(砂)(矢)(淳)といったペンネームとおぼしきものはカウントから除外しています。

新聞社内の人事は、当人が執筆したものではありませんが、1としてカウントします。

WEBページから目視で拾っているため、拾い洩れがある可能性があります。

署名記事の割合は格段に増えていた


朝日新聞9月1日(金)~7日(木)までの記事本数は以下の通りです。
まず、多くの日で1日150本以上の記事が生成されていることに驚かされます。週末の除けば、署名のある記事だけでも連日100人ほどの記者から上がってくる原稿をチェックして成形して発表しているという体制の迫力に驚かされます。
下記の表では、1週間で掲載された記事の本数に対して、署名記事の割合は45%となっていますが、記事のなかには企業の人事や試合結果のデータのみといった短信記事も多数あります。記事を拾っているときの肌感としては、主要な記事の7割くらいは署名が入っているような印象を受けました。
かつての珍しいものを拾い集めるような感覚の署名収集とは様変わりです。また、連名の署名が多い事も印象的でした。昔だと大型連載企画(第1回が1面肩で始まるような)などで見ることが多い印象でしたが、今は通常の記事でも多くの記者が関わった作成していることがよく分かります。
2日の朝刊はでは54本の署名記事に対して、関わった記者が80人。1本の署名記事に平均1.48人が関与しています。ただしこれは、関東大震災特集があったことも関係しています。
9月5日は64本の記事に73人が関わっていて、1本あたり1.14人とさして多くない印象です。ところが、中国関連記事だけピックアップしてみても
1面 習氏、初のG20欠席へ 処理水巡り直接対話ならず
(林望=北京、高橋杏璃)
3面 「脱・中国依存」高い壁 国内に加工施設案「現実的なのか」 水産業支援
(加藤裕則、本山秀樹、村上友里)
9面 中国の「地図」、反発次々 ASEAN各国 きょう首脳会議
(ジャカルタ=半田尚子、大部俊哉、翁長忠雄、北京=畑宗太郎)
と、実に多くの国内外の記者が連携して報道していることが見て取れます。
国際報道だけではありません。
26面 外苑再開発、見直し求め作家ら声明 サザン新曲もメッセージ
(本多由佳、土舘聡一、野城千穂)
は多様な取材先を手分けして当たったように見受けられます。
25面 高校野球バット、細く・飛びにくく 新基準、選手の安全配慮
(松永和彦、谷瞳児)
一見地味そうな話題にも2人の記者が関わっています。朝日新聞は夏の甲子園の主催社なので力も入っているのでしょう。

日ごとの本数比較

海外記事の充実ぶりに驚いた

国際記事の発信地の豊富さにも目を引かれました。

朝日新聞の取材拠点は
国内
 4本社1支社・総局44・支局94・地区担当25 (全都道府県)
海外 総局5・支局21
計194拠点(2023年9月1日現在)

なのですが、署名記事に付された地名を数えたら65箇所ありました。
2000年頃の、写真はフィルム、インターネットのアクセス環境を探すのも一苦労という時代とは違って、モバイル回線からでも草稿出来るフットワークの良さが活かされているのでしょう。読者の意識も海外が近くなっていると思います。

署名記事本数ランキング

9月に最も多くの署名記事を書いた記者は誰でしょうか?
どんなジャンルの記者が多いか想像してみてください。
先に書いたように、9月はASEAN会議、岸田首相の国連総会演説、阪神タイガースのリーグ優勝、ジャニーズ事務所問題など話題の多い月でした。
まずはTOP10を紹介したいと思います。


第1位

松本龍三郎 28本
ラグビーワールドカップの記事を中心に、トゥールーズ、ニース、サンテティエンヌなどを転戦しながら記事を出し続けました。「海外発の記事は署名記事なりやすい×スポーツ記事は署名記事になりやすい」という掛け合わせが効いていますね。30日だけでも、朝夕刊あわせて3本の記事が出ています。2012年入社。東京スポーツ部で大相撲や競馬なども担当しているようです。

第2位

寺西和男 24本
ベルリンを中心に、ブラチスラバ、ドイツ北西部リンゲン、ポーランド東部ルブリンなどを転戦しながら、欧州の政治経済についての記事を積極的に書き送りました。
しかし、なかには「敵地でドイツに4発、日本堂々 日本4―1ドイツ サッカー・国際親善試合」といった記事もあります。専門分野だけでなく色んなジャンルの取材に対応しないといけないのですね。

第3位

下司佳代子 23本

ワシントン、ニューヨークを舞台に、国際政治の記事を書き送っています。2020年頃にはヨーロッパ総局、2022年には東京科学医療部に所属していたようです。

第4位

4位は2人同着でした。
光墨祥吾 20本

9月の朝日新聞は、京アニ放火事件の裁判を光墨祥吾、西崎啓太朗、日比野容子、才本淳子、武井風花、山本逸生、森下裕介、阿部峻介、関ゆみん、戸田和敬といった記者を投入しながら、繰り返し紙面を割いて報じ続けています。なかでも、その筆頭として記事本数が多かったのが光墨祥吾記者だったのです。

大出公二 20本

新聞の鉄板コンテンツ、囲碁欄のレギュラーの座を占めているのが強かったですね。囲碁将棋面だけでなく社会面などでも執筆機会が多くありました。

第6位

五十嵐大介 18本
サンフランシスコを中心に、ニューヨーク、ワシントンなどから主にインターネット関連企業の記事を発信しています。
今年7月の記事
(取材考記)「チャットGPT」CEO AI開発には重い責務 五十嵐大介
には、「英字誌、通信社をへて2003年入社」とプロフィールが記されており、新卒採用ではない記者が経歴を活かして活躍している様子が見て取れます。

藤原学思 18本
ロンドンを拠点にヨーロッパの政治記事を発信しています。昨年9月まではニューヨーク駐在でロシアのウクライナ侵攻を巡る国連の動きを取材。今年7月にはウクライナに15日間滞在して取材を行っています。

第8位

8位は4人が横並びです。
遠田寛生 17本
ニューヨークから主に政治の記事を書き送っていますが、大坂なおみや大谷などスポーツ関連の記事も見受けられます。

宋光祐 17本

パリを中心にリビウ、ジュネーブからヨーロッパの様々な視点の記事を書き送っています。パリ支局長。
(取材考記)仏の暴動 移民差別、教訓は「秩序」なのか 宋光祐
では、「在日コリアン3世という自分の境遇もあって、国籍やルーツをめぐる移民のアイデンティティーの問題について関心を持ち続けている」と書いています。見出しを見ていても気になる視点の記事が多いです。

多鹿ちなみ 17本
国内経済の記事ですが、ビッグモーター、ジャニーズ起用問題、金利とカバー範囲が幅広いですね。

野波健祐 17本
中野翠さんの連載で聞き手を務めたため登場回数が多くなっています。新聞記者の聞き手、構成は時間的にも制約があるだろうし、手早く分かりやすくまとめるのは独特の技がありそうですね。
関東大震災100年にあわせた記事
(災後のことば 100年前の文学・言論から:上)厄災時に芸術は無力なのか
などの記事も興味深かったです。

全記者ランキング


署名記事の本数が、単純に記者の価値を示すものでは決してありません。新聞社には多様な仕事があり、また地域面など収集出来ていない記事もあります。ネットのオリジナル記事も今回の調査の対象外です。
ただ、集計という建前上あえて663名の記者が9月に書いた署名記事の本数順に並べると以下のようになりました。

全署名記事一覧データ

ネットの集合知に期待して、収集した9月の署名記事データを共有します。
自由にご覧いただいて、新たな発見につなげてください。
できれば新聞有料会員になって、それぞれの記事を堪能してください。

記者個人への攻撃など、ネガティブな行為のために利用することはやめていただきたいです。


署名は新聞記事の価値を高めているのか

朝日新聞に署名記事が格段に増えたことは、とても良い事だと思います。
しかしながら、記事の署名を大切にし、活用出来ているかというと、残念ながら不充分と言わざるを得ません。

署名の表記が分かりづらい

まず、最初は私のグチみたいなものですが、声を大にして言いたい(笑)。WEB記事の署名が分かりづらい。
まず、署名が()で入っているのですが、()は色々な用途に使われるので、判別がしづらいです。スポーツ欄のスコアなんか()だらけです。

WEBは1記事の単位がバラバラ

さらに、どこに署名が入っているのか分かりづらい。冒頭のリードのようなところに入っていたり、記事の末尾に入っていたり、1本のWEB記事が実はいくつものWEB記事に分かれていたり。

次の画像は9月8日朝刊31面。「拭えぬジャニー氏の影 元Jr.、事実認定・謝罪は評価「救済期待」 事務所会見」と大々的に報じています。

普通の読者の感覚なら、このページは5つの記事で構成されていると直感的に感じるでしょう。
しかし、WEBの記事は赤枠の署名記事3本と黄青枠の無署名記事1本をあわせて1本のWEB記事として掲載しています。
青枠の記事は「人権尊重、今後も徹底します 朝日新聞社」という福島範彰・朝日新聞社執行役員広報担当のコメントなので性格が違うことは分かりますが、他を1本の記事する必要は無いように思うのです。
それがため、写真右側のような長大なページから目視で拾っていくことになります(涙)。

次は「帝国の闇 ジャニーズ性加害問題」という5回の及ぶ大型企画の第1回、9月12日朝刊29面です。こちら同じ罫囲いのなかですが、WEB記事は2本に分かれています。コンテンツの最小単位がよく分かりません。

ならば紙面ビュアーを参照しながら署名記事の場所を探せば良さそうなものですが、朝日新聞電子版は日本経済新聞と違って、当該記事の紙面記事にダイレクトに遷移する機能が無いのです。ただしWEBサーバの反応速度はいいので(←ここ褒めてます)、結局はWEBサイト内で行き来して作業することになります。

署名の表記ルールがバラバラ

さらに、この記事の一部を拡大して見てみましょう。何か、おかしなことに気がつきませんか?
右上の署名は、送り込まれて記事本文の直後から始まっています。左下の署名は下ツキです。こうした表記ルールの不統一は各所にみられます。

次は9月15日朝刊3面に掲載された「自衛隊と指揮連携、米で議論 台湾有事に危機感、日本の「司令部」常設にも触発」と、それに続く「米、追加制裁検討 北朝鮮がロシアに武器提供の場合」という記事の一部です。
これにもおかしなところがあるのですが、気がつきますか?

右側の署名は氏名のあとにワシントン、左側の署名はワシントンのあとに氏名。こうした表記の不統一も珍しくはないのです。
ついでに言うと、海外、国内の多くの記者が関わっている記事は、誰と誰が現地で、誰が東京で受けているのか、さっぱり分からなかったりします。

さらにいえば、先にあげた大型連載「帝国の闇 ジャニーズ性加害問題」は全5回のうち第4回だけ署名がありません。

こうした表記ルールの不統一は、活字の世界で仕事をする人であれば、気持ちが悪くて仕方が無いはずだと思います。
朝日新聞の優秀な記者、デスク、校閲、整理部がまったく意に介していない様子に思えるのはとても奇異な感じがします。

署名の掲載基準もあいまい

どの記事には署名が入って、どの記事は入らないのか。実はそれも謎です。
一般的に想像しやすいのは、客観的な事実を淡々と記した記事は無署名(試合結果、裁判の判決など)、記者の主観が入った記事はという考え方です。
しかし例えば、何度も記事化している京アニ事件の裁判の行方は幾人もの記者連名の署名記事となっています。しかし暴力団工藤会の裁判記事には記者の名前は出て来ません。
9月27日朝刊「NHK、番組名を変更 放送前に 旧統一教会テーマ」では、「NHKなどへの取材でわかった」と記者が主体的に取材活動をしているのに署名がないことは、他とのバランスを考えると不思議に思えます。
ひょっとしたら、工藤会は記者の安全確保のため、NHKは取材ソースの秘匿のためといった配慮があったのかも知れませんが……。

署名は読者、サブスク会員にとって有償の「商品」である

ここからは想像をたくましくして考えるのですが、新聞記事に署名が増えたのは「記者の権利」という意識から、労働組合等の活動を経て会社が受け入れていった結果なのではないでしょうか。
従って、どのようなルールで入れるべきか、表記や記載の可否については現場任せになっている、のではないでしょうか。
記者側も、会社のコマではないという意識から勝ち取ったものの、そこで満足してしまって、署名記事を増やすことで何を成し遂げたいか、というビジョンは描けないままでいるのではないでしょうか。

ここで、逆の立場から考えてほしいのです。
毎月の購読料を払って新聞を読んでいる読者にとっては、記事に付されている署名もまた、購読料の対価として受け取っている「商品」の一部なのです。
その商品が、表記ルールもばらばら、掲載基準もばらばら、ということは果たしてビジネスとして正しい姿勢なのでしょうか。
人は提供されるサービスの質がバラバラだと、そもそも期待をしなくなります。記事署名についての基準がユーザー目線から見て明確でないということは、せっかく勝ち取った署名の価値を充分に活かせていない状況を作り出してはいないでしょうか。

日本経済新聞の場合は、「企業税務エディター」「都市問題エディター」「論説フェロー」「本社コメンテーター」などの肩書きを駆使して、紙面の信頼性を高めようとしています。それはいかにも経済専門紙らしい取り組みで朝日新聞がそのまま行うべきことかは分かりませんが、日本経済新聞が記者の肩書きに価値があると認識して、戦略的に活用しているとは言えるでしょう。

朝日新聞には「記者ページ、記者アカウントの紹介という素晴らしい試みのページがあります。WEB記事内の署名にリンクがあった場合、クリックするとこの企画の各記者のページに遷移して直近の執筆記事や簡単なプロフィールを確認することが出来ます。
しかしながら、紹介されている記者は229人止まり。9月に署名記事を書いた記者が663人ということを考えれば、網羅性の低さが分かることでしょう。

あと、WEB記事だと「多事奏論」のようにタイトルに記者名がはいる記事を追いかけ切れません。署名は署名タグのようなものを設置して網羅性を高めてもらえるとユーザーとしては嬉しい限りです。

夕刊の「取材考記」に注目

朝日新聞夕刊には「取材考記」という常設ページがあります。記者が思い思いの切り口の記事を書いているのですが、そこにあるプロフィールを2022年年10月から2023年9月までの242本分をまとめました。
記事とセットなので、より人柄が伝わりやすいです。ぜひ記事に遷移して、気になった記者の記事を読んで見ていただきたいです。
また、著書を紹介している記者も多数いるので、ひとりの記者をより掘り下げる手がかりになるでしょう。

とはいえ、この欄も書き方の統一はまったくなっていません。生年を書く人もいれば、入社年を書く人もいて、どちらも書かない人もいます。
ちなみに、生年と入社年の分布はこんな感じです。
生年の最年長記者は1965年生まれ。最古参入社は1982年。
生年から最年少記者は1998年。仮に大学を出て新卒入社だと2020年入社になるのでしょうか。

途中入社組には元NHK、元産経新聞、元文藝春秋など様々な人がいて多彩です。

新聞はもっと人間臭くなっていいんじゃないか


2020年9月に「「変節」した稲田朋美氏 右も左もない政治、始まってる」という記事が公開されたことを印象深く覚えています。
取材をした秋山訓子編集委員が取材時の思いをポッドキャストで公開するというもの。
「稲田さんの取材をきちんとしたことはありませんでした。あまり取材をしたいと思わなかった……と言ってしまうと記者失格ですが。私は、女性がもっと政治の世界に増えればいいなと思っていて、女性の政治家もできるだけ取材をしているんです。けれども、稲田さんは正直、そう思えなかった。」
と吐露しながら、「今回初めてきちんと取材をして、すごく印象は変わりましたね」と振り返る。
ああ、記者も悩みながら進んでいるんだなあ、と人間くささが強く伝わってきました。

情報が溢れ、多様な価値観が共存する現在、唯一ゼッタイな存在はありません。「社会の木鐸」と言っても響きません。「社会の合意形成を」と言ったところで余計なお世話だと言われてしまいそうです。

であれば、世の中で起きていることを正しく伝えることと、人々が自分で判断するための視点の提供を丁寧に続けて行くしかないのではないかと思います。
そうして格闘する記者個々人への信頼を築くことが、新聞をより一層魅力的にしてくれると思うのですが、いかがでしょうか。

終りに

前にも書いたように、本稿は公開されている新聞署名記事を足がかりに論考するもので、新聞社の友人知人にはアドバイスや情報提供を受けていません。内部の方から見れば浅薄な推論や理解があろうかと思いますが、どうかご寛恕いただき、前向きな理解や議論形成のためのご意見やアドバイスをいただければ幸いです。

今回、新聞の、なかでも紙面に掲載された記事をターゲットに分析しましたが、日々の競争に追われるWEB速報、オリジナル記事まで見渡すことができれば、また違った面白い分析が出来たかも知れません。
新聞に限らず、WEBメディアでも、様々な切り口が見つかるかも知れません。
メディアで働く人達が、個人としてより活躍出来るような議論の一助になれば幸いです。

日本経済新聞についても、期間は短いですが調査しました。
続編「この記事書いたのだあれ? 新聞記者署名記事年鑑 日本経済新聞 2023年9月暫定版」もあわせてご覧ください。

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