書評 賽助『君と夏が、鉄塔の上』
2020年度「サギタリウス・レビュー 現代社会学部書評大賞」(京都産業大学)
図書部門 特別賞作品
「繫がること」
村川愛里彩(現代社会学科1年)
作品情報:賽助『君と夏が、鉄塔の上』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)
この小説は、タイトルの「鉄塔」という言葉が印象的であるが、あなたは「鉄塔」にどのような印象を持っているだろうか。著者の賽助は、小説家である傍ら「鉄塔」という名前で活躍するゲーム実況者でもある。彼は、巨大構造物が好きでそこから鉄塔に興味をもったという。彼はこのような思いを語っている。
―鉄塔の上には現実の世界とは違う世界が広がっているのではないか。子供の頃は、現実世界とは遊離したものがひょっとしたらあってもいいという思いを強く抱くが、大人になると薄れる。そんな思いを大切にしたい― (電気新聞ウェブサイトより)
この小説は、そんな著者の思いで生まれた青春ファンタジー小説である。
「帆月が屋上から飛んだ。僕はそれを教室から見ていた」
インパクトのある文章から始まるこの物語の主な登場人物は、三人の中学三年生である。一人目は、この物語の視点でもある地味な男子、伊達である。彼は、鉄塔マニアであり、自分に否定的な面がある。二人目は、いつからか屋上から自転車で飛ぼうとするような奇抜な行動が増えた破天荒な女子の帆月。そして三人目は、遺伝で幽霊が見える体質で不登校の男子、比奈山である。夏休み中のある登校日、伊達と比奈山は「鉄塔の上に男の子が座っている」と帆月に声を掛けられる。帆月がその鉄塔を見に行ったのは、伊達の鉄塔の本の読書感想文がきっかけであった。そして、三人は鉄塔の上の男の子の謎を少しずつ解き明かしていく。
この物語を読み進めていくと、鉄塔の上の男の子の謎が解けていくのと同時に、三人それぞれの抱える問題や思いが明らかになっていく。あるとき帆月は、謎を解き明かすために鉄塔によじ登ろうとするが、警官たちに見つかってしまう。伊達は、帆月にどうしてそんなに危ないことばかりするのかと尋ねる。すると帆月は、親の離婚のこと、夏休みが終わったら引っ越すこと、実の母親に忘れられていたことをぽつりぽつりと話し始めた。「忘れられたら、死んじゃうのと一緒なんだって思ったら、なんか焦っちゃって」。それを聞いた伊達は、あの鉄塔の読書感想文の言葉だと思った。伊達は、所属する地理歴史部の「忘れられたとき、街は死ぬ」というテーマを引用して、鉄塔の本の読書感想文を書いていたのだ。しかし、何といえばいいのかわからず、自分は本当に何の役にも立たないと感じる。
比奈山は、教室で急に悲鳴を上げた幽霊騒ぎの日から不登校になり、クラスメイトからも避けられるようになった。「勝手に気持ちを推し量ってその気になられても、本人からすればいい迷惑な場合もある」。仲が良かった人にも避けられ、不登校になって先生や親など周りの人からの態度が変わってしまったのだろうか。比奈山の強い気持ちがこの一言で感じ取れる。
この本は、親の離婚、転校、友達関係、不登校、受験など幅広く扱っている。若者の繊細で純粋で良くも悪くも影響されやすい心が、著者賽助によって丁寧に書かれ、登場人物たちの気持ちや表情がリアルに伝わってくる。後半では、自殺ともとれる描写がある。様々な重い内容に触れながらもファンタジーを生かして爽やかに描ききっている。
お別れの際の「忘れないでね」という言葉、なんとありふれた言葉だろう。この小説を読んだことで、人との繫がりについて改めて考えることができた。忘れないこと、繫がり続けることは思った以上に難しい。かけがえのない人も思い出も自然と忘れてしまう。この青春小説は、青春時代を生きる若者だけでなく大人が読んでも大切なことを思い出させてくれる。「繫がること」というタイトルは、結末を踏まえたのと、この小説を読むときに意識することで人との繫がりだけでなく、細部で繫がりを感じ、この小説をより楽しめると考えて付けた。
また、幽霊や神社、心霊スポット、白い顔の不思議な少年、狐のお面の男など少しゾクッとするような場所や登場人物が出てくるところもこの小説の魅力である。暑い夏に読めば、お化け屋敷に入ったように涼しくなれるだろう。この小説では幽霊や異世界が出てくるが、このようなファンタジーは現実から離れることができる。冒頭で著者の思いを紹介しているが、いくつになってもファンタジーは、心に養分を与えてくれる。この小説は不思議な世界観に浸れる点でファンタジー小説としての魅力も十分にあると考える。
今、「鉄塔」というものに何の意味付けもない人は多いかもしれない。しかし、この小説を読んだ後は、どこにでもある鉄塔をふと見た時に、三人のことを思い出し、優しい気持ちと勇気をもらえるだろう。
<審査員コメント> 文章の体裁がしっかりしており、本にしっかりと触れられてよみやすかったが、筆者の意見が少なく、書評という点では一歩届かなかった。
©現代社会学部書評コンテスト実行委員会