書評 高嶋哲夫『首都感染』

2021年度「サギタリウス・レビュー 現代社会学部書評大賞」(京都産業大学)

図書部門 特別賞作品

「『首都感染』から学ぶ 」

菅沼千尋 (生命科学部・産業生命科学科 3年次)

作品情報:高嶋哲夫『首都感染』(講談社、2013年)

 本書、「首都感染」は中国で発生した新型インフルエンザによるパンデミックを描いた作品だ。新型コロナウイルス感染症流行前、2013年に発行されたにもかかわらず、その内容は新型コロナウイルスの流行を想起させるものであり多くの注目を集めた。

 物語は元WHOの瀬戸崎優司医師の視点で進む。ワールドカップ開催中の中国で致死率60%の強毒性新型インフルエンザが出現し、世界へと拡大する。瀬戸崎医師は政府のアドバイザーとして日本の新型インフルエンザ対策の指揮をとる。中国やWHOからの発表前に新型インフルエンザの出現を確認していた日本政府は、国際空港を封鎖し検疫を行うことで感染拡大を封じ込めていた。しかし、それも長くは続かず、都内で感染者が確認される。感染を全国へ拡大させないため、瀬戸崎医師は東京封鎖を進言し、政府はそれを実行に移す、というのが大まかな流れである。

 本書では、医学的、科学的観点から重要なことと政治的に重要なことの折り合いをつける難しさが描かれている。瀬戸崎医師は元WHOの医師の立場から、東京封鎖という確実にウイルスを封じ込める方法を進言する。しかし、政治家たちは経済や外交など様々な問題点を指摘し、封鎖に反対の姿勢をとる。最終的に内閣総理大臣のリーダーシップと決断力により東京封鎖は実行されるが、両者のぶつかり合いや、政治的観点も理解しつつ医師としての正しさを貫く瀬戸崎医師の心の動きから、感染症から命を守ることと市民の通常の生活を守ることの2つのバランスをとることの難しさを知ることができるだろう。本書を読んだ際にはぜひ、自分ならどうするか、自分が医師や政治家であったなら、という視点で考えてみてほしい。

 「例外は一切認めない。」瀬戸崎医師が度々口にした言葉である。たとえ家族が封鎖地区の中で取り残されていようとも、たとえ政府の要人であろうとも例外を許してしまえばそこから感染が拡大する。規制する側の瀬戸崎医師の言葉ではあるが、私たちもこの言葉の意味を正しく理解する必要があるだろう。新型コロナウイルス感染症は本書に描かれる強毒性新型インフルエンザほど致死率は高くなく、規制も緩いものである。しかし、感染して命を落とせば、死に目に家族に会うことは許されない。緊急事態宣言下では外出や遠出は控えていたはずだ。自分1人が規制を破ったとて問題ない、という考えは通用しない。例外は“一切”認められないのだ。本書から学ぶことは多い。感染拡大が落ち着いてきた今こそ、本書を読んで気持ちを引き締めてほしい。

<審査員コメント>
文章に一貫性があり、読む価値を感じられる。出版年が古い本だが、「今」読む価値をこの書評を通して感じることができる。

©現代社会学部書評コンテスト実行委員会