思い出が巡るのはいつだって唐突で
自分のお気に入りの曲だけを詰めたプレイリスト。
いつも何気なく聴いているのに、なぜか先日だけは普段聴いているはずの曲に意識を引っ張られて、思い出がわぁっと巡って思わず泣きそうになった。
オーストラリアに留学している時、なにかの拍子に思い出してしまう恋があった。
オーストラリアに来たことは後悔したことなんて一度だってないけれど、もし来なかったらあの恋は終わらなかったのかなぁなんて思うこともあった。
オーストラリアに行く、と決心して準備をすすめている最中に知り合って、離れたらどうなるんだろうねなんて話していたけれど距離が離れる前に気持ちが離れてしまった。
元々わたしがすきだったバンドを、影響を受けてくれて彼も聴くようになった。
お互いにスノーボードが趣味で、冬になると一緒に行くことも多かったこともあって冬になると特に思い出が湧き上がりやすい気がする。
そんな思い出のバンドの、冬の曲を聴いた時に気持ちがわぁっと。音楽はいつも思い出をかき立てる。
「雪が綺麗と笑うのは君がいい」
そんな歌詞を聴きながら、日本はいまは夏なんだもんなぁと思っていた。
1年前の冬には、隣で綺麗だね寒いね、と過ごしていたのになぁなんてことを何度も思った。
そんなことを、久しぶりに冷え込んだ夜だったからなのか、急に思い出した。
オーストラリアから帰国後に、再度連絡を取ったり再び恋人に戻ったりという時間を過ごしたこともあった。
だけど、離れていた時間はお互いの人間性を育てていて、数年前まで楽しかったことも一緒に笑えなくなってしまった。
居心地よかった空間に違和感を感じるようになった。
お互いに違う方向に進んでいるんだなぁと、違う方向を見ているんだなぁと。
優柔不断な彼の煮え切らない言動に対して、寛容に待つこともできなかった。理想と現実の乖離を目の当たりにしてしまった。
恋愛だけではなくて、人間関係のタイミングというものはある。
環境は人間性を育てるし、思考は言動に現れる。
同じ24時間でも感覚が違えば、人生における過ごし方が相違する。違和感がある。
あんなに愛おしく思った人のことを、微塵もなんとも思わないことがあるのかと衝撃だった最後に彼を見た日。
今までの人生でたった一人、ちゃんと結婚までも考えた人。共に生きる人生を思い描いて、幸せを感じていた。
もう交わることはない人生。
あぁ、本当に終わったんだなぁと自分の心の変化に切なさを覚えた。同じ方向に向かって行けたらよかったのになぁと思う気持ちもあるけれど、もうどうあがいても無理なんだろうなぁと。人の心って不思議。
わたしの知らないところで、しあわせであればいいなと思う。
一度といわず、何度だって大切に思ってきた人でその気持ちだけは今だって変わらない。
わたしはわたしで、彼の知らないところで勝手にしあわせになるんだから。
この人の笑顔を、守りたいな作り出したいなと思っていたけれど幕は下りた。
わたしはわたしで、もう交わらない人生でも彼が珍しくも照れながら褒めてくれた笑顔だけは磨き続けていきたい。
冬ってなんだか切ないね。
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