「きらきらひかる」、光れど消える

　自分自身の性に対する考え方がどうも世間一般とは合わないようだ、とはずいぶん前から感じていた。たとえば、特定の人間に対する性的感情を男女問わず抱けない。むしろ性行為なんて気持ち悪くて仕方ない。子どもは絶対に産みたくない。結婚にはほんの少し憧れるけど子どもは欲しくない。一般的な恋愛が通る道筋を自分が通れる気がしない。リアルな恋愛を想像すると吐き気がする。小学生のような純粋な恋愛から先へ進めない。おままごとみたいな恋愛を望んでしまう。

　それなりに「恋」みたいなものは経験してきたと思っていたけれど、それは恋にカウントされないよ、と知人に言われて世間と私との認識の違いにハッとした。
「恋愛感情としての好き=相手と体の関係を持ちたい」というのが一般的な恋愛像らしいが、私にはまるでその概念がない。そういう目線で振り返ってみると、「○○君と○○君と○○ちゃんと○○君と……が好き！」と言っていた小学校低学年の頃から私は何も成長していなかった。

　誰かに対して「特別な好き」を感じても、性的な目で見ることができない限り、世間一般にはそれを恋愛感情とは言わないのだという。だけど私にとってはその「特別な好き」は「恋愛感情としての好き」のつもりだった。


　みんなと同じように恋愛をしたいけれど、それは私にはきっと不可能で、どうしても性的行為は受け入れられない。自分自身と直接は関係のない二次元の創作物でしか受け入れることができないのだ。この、人間の欲望剥き出しの姿に対する嫌悪感は自分でも少し大きすぎると思っている。そして私はこんな考えを抱いたまま、大学生になってしまった。

　自分がもしかしたら「普通」ではないかもしれない、と思うと不安なものだ。だから私は同じような考え方・感じ方をしている人が他にいないものかと、ネットで色々と調べるようになった。
　そしてあるとき「ノンセクシャル」という言葉を見つけ、これほどしっくりくる用語はないと思った。ノンセクシャル。
　あまりにもしっくりきたので、妙な納得感のようなものを抱いた。と同時に私の性的指向が「普通」とは言い難くとも「異常」ではないことに安心感をおぼえたことは言うまでもない。また、セクシュアリティに関してはそもそも「普通」なんて存在しないことを、今まで分かった気になっていただけだったのだということが身に染みた。おそらく、ある意味みんな「普通」だし、ある意味みんな「変」なのだ。

　ノンセクシャルとは恋愛感情はあるけれど性的感情は抱かない、ということである。似た用語にアロマンティックとかアセクシャルというものがあるが、これは恋愛感情と性的感情の両方を抱かないことを指すという。でもノンセクシャルの中でも手を繋ぐことすら気持ち悪いと思う人もいれば、ハグはできるけどキスは無理、自分からしたいと思うことはないけれど求められたら受け入れられる、など様々な人がいるし、ノンセクシャルかアセクシャルか曖昧な人もいて、これらをはっきりと区別することは難しい。

　私は自分のことをノンセクシャルだと思っている。だけど何かの病気のようにそれを証明してくれるものはどこにも無いし、「そんなふうには見えなかったよ」と言う人もいるだろう。
　ただ分かっていて欲しいのは、こういった性に関する分類は自覚的なものであって、自分ではない他の人間によって定められるものではないということだ。先ほどはっきりと区別することは難しいと述べたのはこの理由からでもある。セクシュアリティに関する語句は他人のためのものというより、自分自身のためのものなのだ、と言っているサイトもあるくらいである。
　そのため周りからどう思われていようと、どう言われようと、私がノンセクシャルだと言ったらそうなのだ。私自身、まだ自分がノンセクシャルだと言うことを認めたくないときもあって、本当に自分がノンセクシャルであるのか分からなくなるときもあるのだけれど、こういったことは死ぬまで本当のところなど分からないものなので、やはり今の私がそうだと言ったらそうなのである。
　だから、今の私に「ノンセクシャルなんて大袈裟じゃない？」とか「いつか変わるかもしれないよ」などと言ってこられたらキツいものがあるということは、ある程度理解してもらえると有難いと思う。

　「恋愛感情はあるのに性的なことはしたくないなんて、それって本当に恋愛感情なの？」「試してみたら意外といけるんじゃない？」「慣れてないからでしょ」
　これらはよくあるノンセクシャルに対する問いかけのようで、ネットでもよく見るし、実際言われたこともある。
　だけど私としては、何を言っているんだ？という感じだ。試してみることなんて出来たらやっているし、試す前に気持ち悪くなってしまうから悩んでいるのだから。慣れで解決することならどれほど楽だろう。でもそんな表面的なことじゃなくて、そもそもそれらが恋愛において必要とされる意味がわからないのだ。
　そして意味がわからないから、他者からそんな目線で見られるのはたとえ好きになった人であっても嫌悪感を抱いてしまう。どれだけ好きでも受け入れられないものは受け入れられない。「普通に」「みんなと同じように」恋愛をしようと思えば思うほど、居心地が悪くなってしまう。なにより好きになった人には幸せになって欲しいから、好きな人が普通の恋愛ができる人である場合、そういう人同士で結ばれるのがベストだと考えてしまう。普通の恋愛ができる人に私に合わせてくれなどと言うことはできないし、だからって私も相手に合わせて性行為を受け入れることなんてできないのだ。
　こんな恋愛しかできないから、いつしか他人を好きだと言うことに対しても「私の『好き』はみんなの『好き』とは違うんだろうな」と思ってしまい、色んな気持ちを押し殺して「好きな人なんていたことないよ」と平気な顔で言えるようになってしまった。たとえ好きだと言えたとしても、私のする恋愛には未来がない。

　それでも私は、いつかこんな私でも一緒にいようと言ってくれる人が現れることを望んでいるし、何よりそれ以前に、自分自身が自分自身を受け入れられる日が来ることを待ち望んでいる。私はまだこんな性的指向を持つ人間に生まれてきてしまったことが恨めしいと思ってしまうし、普通に恋愛して普通に上手く生きている人を見ると泣きそうになってしまう。ノンセクシャルだという理由で差別を受けたこともいじめられたこともないが、生きづらい。当然のことを当然だと思うこともなく受け入れて生きているみんなと同じように、私も「普通」になりたいと思ってしまう。そしてこのしっくりくる用語にすがりついていたい気持ちと、用語に縛られたくない気持ちが交錯していることも事実だ。

　もしかしたらいつか、性的感情を抱かない、抱けない自分ではなくなるかもしれない。でもそのときが来たら、私の性的分類が変わった、などとは思わないで欲しい。今の私と過去の私と未来の私が同じ世界で生きているわけではないし、未来の私の変化を許してあげられる余地は残しておきたいと思うから。でも今の私にはそんな未来が来るとは到底思えない。性行為を受け入れている自分を想像しただけで反吐が出そうだから、みんなと同じように普通の恋愛をすることに憧れていながらも、そんな未来なんて来ないで欲しいとすら思っている。結局どうしたいのか分からないし、そもそもどうすることもできなくて、身動きが取れず、もどかしい。

　ただ、今こうして自分が置かれている状況に名前を与えられると少し安心する。自分が悪いわけじゃないと思えるからだろうか。単純な語句に縛られるべきではないのだろうが、「ノンセクシャル」という言葉は自衛のためには本当に必要な鎧だと思う。自分自身の、周りの人とは違っている部分を誰も傷つけずに上手く説明することは、あまりにも難しい。

　とある用語を使えば、その人自体が気持ち悪いとか、その人だから駄目だとか、そういうのではなく、誰に対してもそうなのだ、ということを簡潔にそして丁寧に伝えることができる。「自分はこのセクシュアリティだ」と表明することは、一番誰のことも傷つけないでいられる方法なのかもしれない。
　だから私は自分に合った語句がこの世に存在していて良かったと思う。たとえそれが社会でまだ広まっていない用語で法的・学術的に広く認められていないとしても、それでも無いよりはずっと良い。
　この世には、私みたいに上手く当てはまる語句がない人もまだたくさんいるだろう。そういう人たちがもっと生きやすくなって欲しい。具体的にどうとかは分からないけれど、幸せに生きられるようになって欲しい。


　私は他人の性を受け入れろとも、否定しろとも言うつもりはない。他人がどうこうできる問題でもないので、私のこのセクシュアリティを受け入れて同じように生きて欲しいとも、何か配慮をして欲しいとも思うことはないが、こんなことで悩まなくても良いようになりたいとは思う。
　多分、この世にそういった性を持つ者が存在することをただ認めてもらう（ここでいう「認める」は承認の意味ではなく、存在を知覚するという方の意味である）だけで良いのだ。もうそれだけで良い。それが難しいのだと言う人がまだ多いことも分かっている。でも本当に単純に、ものも人も、ただそこにあるだけなのだ。

　自分のセクシュアリティを人に打ち明けるのは恥ずかしいし、怖い。だけど打ち明けなければ、受け入れてもらえるかすら分からない。他者が私を見るのと同様に、私も他者は私とは違う性的指向を持っているのだと思っているから、打ち明けてみたら案外私と同じノンセクだって言う人もいるのかもしれない。でも打ち明けないことにはそれすら分からない。それにずっと隠し通すわけにもいかない。
　だから本当はどこかのタイミングで互いに打ち明けねばならない。だがそれはいつだろうか？私が恋愛感情は抱けても性的感情を抱かない人間なのだと、まさにそういう雰囲気になったときに言われても、恋人同士の性行為を当然だと考えている人は困るだろう。いつか、然るべきときに打ち明けねばならぬのだ。だけどそれはいつなのだ？どうやって打ち明けろと言うのか？

　だったら最初から私はこうですよと掲げておくことが自分のためにも周りの人間のためにも最善なのではないか、と思う。だからわざわざこんなものを書いた。「お前のセクシュアリティなんて知ったところでどうでも良い」と言う人がいるであろうことも分かった上でこんなものを書いた。
カミングアウトは「する」ものではなく、「しておく」ものなのかもしれない。