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システムと紙の手帳

秋ピリカグランプリ没作品供養 part2

「うえむらちゃん、なんで紙の手帳にタスクやスケジュール転記してるん? システム一元化のほうがよくない?」
 私の手帳を見ながら隣席の同期の山本やまもとが尋ねてくる。手帳をぱたりと閉じて微笑む。
「書くと記憶に残るから、とかかな」
 私が答えると、すかさず山本が捲し立てる。
「システムでメモしておけば、後から検索できるよ。カレンダーで通知も来るし、スマホとも連動させられる。それに、重いしかさばって持ち運びが不便じゃない?」
 彼女の言うシステムは、システム部が開発したタスクやスケジュール、日報などを管理する社用システムだ。
「確かにシステムは便利だよね。書き心地が好きだし、紙って自由度高いから、メモやアイデア出し、タスク管理は紙派」
 簡単に返事すると、彼女は立ち上がった。
「そっか。ごめん、そろそろ帰らないとだ。お先に。また明日!」

 おつかれ、と見送って、私は手帳を開き直す。書き付けたタスクが終わると花丸をつける。手帳に花が咲いて、心地よく完了できる。すると彼女は、アプリでも「おつかれさまでした」ってスタンプが出てくるよ、と言うんだろう。打ち合わせでさっと表や図を描くのに、紙は優れている。でも、彼女はデジタルに長けているから、パソコンやスマホで難なくこなせてしまう。
 ペンを走らせたり、捲って追想したり。ちょっといい手帳を買ってモチベーションを上げたり。手元に置いておいて、積み重なっていくよさが好きなこの感覚は、今を走る彼女にはメリットとして響かないだろう。システムは便利で、私も併用している。それでも紙の手帳を毎年買う。そんな私は時代遅れなんだろうか。ちなみに私の名字は上村かみむらだ。もうずっと、彼女のなかでは「うえむら」で定着している。

上村かみむらさん、遅くまでおつかれさま」
 本田ほんだ課長が顔を覗き込んでくる。
「え? あ、おつかれさまです。タスク整理をしていました」
 手帳を閉じて課長に向き直る。
「ごめんね、僕の管理の都合でみんなのタスクをシステム上で管理してもらって。転記、不便じゃない?」
「いえ、不便になんて感じていませんよ。私、パソコンやスマホの画面ばかり見ていると、頭が痛くなってしまうんです。登録したら通知に任せて、後は紙での管理が楽でして」
「なるほどね」
「忙しさにかまけて忘れていたタスクを、カレンダーで通知してくれたり、タスクページで未完了って赤く警告してくれたり、助かってます」
 深く頷く課長。
「システムのチャットで込み入った要件を周りにばれずに伝えられて、課長に相談に乗ってもらうことも多いですし。いつもありがとうございます」
「風通しのいいことも大事だけど、時にはクローズドで進めたほうがうまくいくこともあるよね」
「ただ、システムが苦手な方もいますし、なんでもシステム一元化は一長一短かなとも」
「そうだよね。システムが活用できないから仕事できないっていうのは違う。得意不得意があって、たまたまシステムが苦手なだけで営業成績のいい人や人望に厚い人もいるしね」
「もう少し慣れてはほしいですけど」
「はは、苦労かけて申し訳ない」
 課長は頭を掻いて苦笑する。

「山本さんに、紙の手帳を使う理由を問われました。私、時代遅れですかね」
 課長は横に首を振る。
「そんなことないよ。ふたりにはいつも助けられているんだ。議事録を同時並行で取ってくれる山本さん。ノートのメモをもとに、抜け漏れを的確に指摘してくれる上村さん。山本さんも、上村さんがいてくれるから安心だって言っていたし、ふたりの整備してくれているマニュアルに、育休明けの松木さんも助かっているって言っていたんだ。ふたりのおかげで、仕事が円滑に回っているよ」
 そんな風に思われていたなんて、知らなかった。私も、山本が素地を作る資料には助かっている。いつも揚げ足を取ってばかりいる自分を大人げないと思っていたし、マニュアルのここにありますって伝えるの、嫌に思われているんじゃないかって。
「誰が欠けても困るんだ。僕はね、いろんな人が個性を発揮してのびのび働けるよう精一杯尽力したいから、気になることがあったら小さいことでも言ってほしい」
 彼の真剣な眼差しに、頷く私。
 課長はいつも、信じる正義を正論で振りかざすのではなく、相手に敬意を払って、傾聴し、よさを引き出して、対立した際は折衷案を探っていく。人望はもちろん、成果も上げる凄い人で、私は尊敬している。遠く及ばない。
「営業のあずまさんと西にしさんには、僕からも言っておくよ」
 具体的な名前は挙げなかったのに、伝わっていた。課長の言葉に私も苦笑する。
「まだかかりそう?」
「いえ、そろそろ」
「よかった。後は、明日の僕たちに任せようか」
 課長が伸びをする。日報はシステムに入力してしまっており、残業申請も終えていたので、勤怠管理システムのボタンを押してパソコンをシャットダウンし、帰り仕度を済ませる。課長と外に出ると、ひんやりした冷気が体を包み込む。ずいぶん秋めいてきたなぁと思う。
「おつかれさま。帰り、気をつけてね」
「課長もお気をつけて。おつかれさまでした」
 いつもより濃く、大きい月が帰り道を照らしていた。

「うえむらちゃん、おはよう」
「山本さん、おはよう」
 挨拶するなりニヤニヤする山本。怪訝な顔を向ける私に、彼女はカバンから見慣れた本屋の袋を取り出して見せてきた。
「これ、閉店間際に買ったの」
 袋から取り出されたものを見て、私はばっと彼女の顔を見る。
「あんなに愛おしそうな顔で手帳を見つめてるから、私も欲しくなっちゃって。ちょうどセールしてたんだぁ」
 彼女は、まだ帯のついた手帳を開いてみせる。真っ白なページが窓から差し込む日光で反射する。
「私、スマホ使いすぎてすぐ充電切れちゃうし、手帳もいいかなって」
 きらきらと目を輝かせる彼女に私はしてやられた。でも、もう後3ヶ月もしないうちに今年は終わるけど。まあ、彼女がいいならいいか。
「いいじゃん、山本さんらしいデザイン」
「でしょ? かわいいよね」
「うん。ほら、そろそろ始業時間」
「うわ、まだ勤怠つけてない」
 慌ただしくパソコンを立ち上げる山本を見ながら、私も今日の予定を確認するために手帳を開いた。

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part1

応募作品

紙というより「手帳」がテーマのような印象を受けるので、没としました。後、会話が多くて描写不足ながら、これも既に1,000字超えです。小説として仕上げるなら、ここから会話を減らして地の文での描写がほしいところ。
初めてnoteで書いたのが「2000字のドラマ」という企画だったこともあるのか、未だにざーっと書くとそれくらいが最初の文字数になることが多いです。会話多めなのも、当時から変わりません。ほぼ地の文で小説を書かれる方ってすごいなぁと思います。

もちろん、切り取り方やジャンルによります。
長さによって、どの程度の期間を描写し、どの程度膨らませるかが変わりますよね。文体も。
15分の朝ドラ、30分の深夜ドラマ、1時間のプライムタイムのドラマ、2時間ドラマで全然変わってきます。同じ2時間でもドラマと映画ではまた演出や脚本、劇伴も異なりますよね。
小説も同様に、掌編、ショートショート、短編、中編、長編で変わってくると思います。連載なのか読み切りなのか。漫画でも、4コマ、読み切り、連載で違いますよね。

妹に応募作品だけ読んでもらったとき、もっと長い作品で読みたかったと言われました。800~1,200字で収めるには、要素を詰め込みすぎたかなと思いました。
読み切り漫画で、続きが読みたい/これはこれで完結がいいんだ、という感想がついているのを見かけることがあります。読み切りが好評で連載に繋がるプロの方もたくさんいらっしゃるし、どちらも好意的な褒め言葉だと思います。
そのうえで、その尺のなかでどう魅せるかが腕の見せ所だなぁと思います。
秋ピリカグランプリの他の応募作品はどれも絶妙で、すごい!と思いました。この方はショートショート慣れしていらっしゃるんだろうなとか、この方の作品は短いなかで描写と会話のバランスがちょうどいいなとか、そういう目線でつい見てしまいます。応募すると、純粋な読者として楽しむに留まらず、どうしても意識してしまいますね。
そんななか、理屈抜きにうわあいい!って光っていて、引き込まれて余韻まで味わいつくしたくなる作品もあります。純粋な読者に戻る瞬間。脱帽ですね。そんな作品が書けたら最高だろうなぁと思います。完成作品を書き上げた、読んだ瞬間を聞いてみたくなります。
自分が書くとどこまで言っても自分の作品で、3年前に書いたものでも当時を思い出すので、客観的にはなれませんが、それでも、自分の作品のなかでも、読み返すといろいろ思うところがあるものと、これはやっぱり好きだなと思うものがあります。それは必ずしもスキ数とは一致しなくて、そのズレがなくなるといいんだろうと思うと同時に、でも自分らしさをもっていたいとも思います。時の移ろいに伴う心の変化、アップデート結果もあると思います。

私は紙派な人間なので(noteはスマホで書いていますが、日々のメモとか紙の本を買うとか、電子マネーでなく紙のお金を下ろし使い続けるところとか)、紙については並々ならぬ思いがあります。
だからこそ、多くの読者さんに共感をもってもらえる内容を書くのは難しいなぁと思います。一般の感覚とはまた違うからです。
でも、紙愛が強いからこそ、「紙」というテーマと向き合い、作品にしていくのはとても楽しかったです。一般の感覚とズレているからこそ、そのズレが作品を生んでいます。没作品2つは特に。それだけは確か。
(もちろん、事実ではなく創作ですよ。)

part0(未完の、昔から温めている作品)を書き上げるか迷ったところで、応募作品の構想が生まれ、それに集中しました。下書きにずいぶん長く眠っている未完作品を、いつか書き上げたいです。それも、「紙」というより紙でできたものがテーマになりそうだったので、それは純粋に私の個人的な作品としたいと思います。

サポートしてくださる方、ありがとうございます! いただいたサポートは大切に使わせていただき、私の糧といたします。