黒塗りの贈り物
黒く塗りつぶされた画用紙。黒塗りの下には、詩画がかいてあった。
詩を夫の日生健人が書き、絵を妻の琴子が描いた。SNSに上げたその絵が酷評された夜、彼女は投稿を消し、夫の詩ごと黒色のペンで紙を塗りつぶした。
その詩画は生まれてくる子へ贈られるはずだった。
琴子は居間のソファーで臥せっていた。琴子の産休に合わせて在宅勤務に切り替えていた健人が、側にいるよう頼み込んだのだ。
健人が萩焼の湯呑みを持って声をかける。
「白湯は飲める?」
琴子は首を横に振る。
「遅くまで仕事で疲れたでしょう。私のことなんていいから」
健人は正座して彼女と向き合う。
「大切なんだ。琴子さんもこの子もとっても」
涙を溢した琴子の頭を健人は撫で続けた。
琴子の入院が決まった。健人は翌日から外せない出張で、彼女と会えない日が続いた。代わることも苦しみを和らげることもできず悩む彼は、出張最終日の朝、あることを思いつく。
直帰するとすぐに、彼はゴミ箱に捨てられたくしゃくしゃの紙を取り出し、埃を払ってアイロンをかけた。その紙をファイルに挟んで紙袋に入れ、入院先まで車を運転すること数十分。薔薇色の夕焼けが車窓に映っていた。
健人が病室に入ると、琴子は眠りから覚めたところだった。点滴を受けながら青白い顔で笑顔を作る姿に、彼は胸が痛む。
「おつかれさま。帰ってすぐにありがとう。明日でよかったのに」
「どうしても今日琴子さんに会いたかった。これを渡すために」
彼が取り出した紙を見るなり琴子の顔が曇る。
「なんでそんなの」
「見ていて」
健人は黒塗りの紙に金色のペンで文字を書き始めた。病室に響くペンの走る音がしばらくして鳴り止む。紙にはこう綴られていた。
健人は病室のカーテンを開け、琴子に向き直る。
「今夜は星月夜だ。この紙いっぱいにあの星を描いて」
琴子は電動式ベッドを起こす。彼の指差す窓の向こうには満天の星空が広がっていた。
「星の綺麗な秋に生まれてくるこの子にぴったりの贈り物になるよ」
健人は琴子に紙とペンを手渡す。
「琴子さん、お誕生日おめでとう」
忘れていた彼女は目を瞠る。受け取った紙をじっくり読んだ彼女は、その紙に夢中で絵を描く。健人はそんな妻の顔を見つめる。
琴子が手を止めた。紙を見た健人は息を呑む。紙の中で、星空の下、我が子を抱き上げる妻を自分が抱き締め、みな破顔している。
晩秋の明け方、彼らの子は生まれた。たくさんの愛を受け、困難に負けず夜明けを迎えてほしいと、二人で旦人と名づけた。
今日も三人の笑い声が響く日生家の居間には、旦人が赤子の頃に破って補修されたあの紙が飾られている。誕生日の写真や命名紙、父母の似顔絵とともに。
(1200字 ※ルビを除く)
📝
「秋ピリカグランプリ2024」を催してくださいまして、ピリカさんをはじめとする、運営、審査員のみなさん、誠にありがとうございます!
思いは後日の感想記事に綴ろうと思います。
要項をよく読む。心構えをよく読む。書いた作品をよく読む。そして、書いて読むことを楽しむ。シンプルにいえばこの繰り返しでした。
重ねてになりますが、秋ピリカグランプリに感謝申し上げます。あえて2度もお礼を申し上げた理由は、感想記事にしたためるつもりです。
お立ち寄りのうえお読みくださったあなた、お忙しいなかお時間割いてくださり本当にありがとうございました。
読書の秋。亀の歩みながら、私もこれから読者として、応募作品をめいいっぱい楽しんでいきたいと思います。数作読んだだけですが素晴らしい作品ばかり。読みごたえがありますよね。
もしこの作品にたまたま出会ってくださったあなたへ。
一緒に秋の夜長を秋ピリカグランプリ応募作品を読みながら楽しみませんか?
現在既に100作品を超えています。応募者の方の勢いと熱量のすごさに圧倒されています。
もしお時間許すなら、募集要項記事をお読みのうえ応募されてはいかがでしょう?
3年前に冬ピリカグランプリに初めて応募してから、誇張なしに世界が広がりました。
ご無理のない範囲で、このお祭りを私と一緒に楽しんでいただけたらうれしいです。
今回もどうぞよろしくお願いいたします。
そして、運営、審査員のみなさん、大変お忙しくお疲れになることと存じますが、くれぐれもご自愛くださいね。
お決まりの言葉になってしまいますが、心からそう思っています。
サポートしてくださる方、ありがとうございます! いただいたサポートは大切に使わせていただき、私の糧といたします。