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表裏一体

秋ピリカグランプリ没作品供養 part1

「なんで紙なんですか?」

 ミスは少ないが仕事が遅い私。仕事は早いがミスが多い倉田くらた。短所を補い長所を盗み合えばいいと、初めて上司抜きでふたりで営業資料を作ることになった。
 私が原稿を作り、彼が資料にまとめながら意見を出し、私が検討して原稿に反映させ、彼が直した資料を私が確認する。確認のたびにミスが見つかり、彼に修正を依頼する。紙面上で確認しないまま直したと言うが、それゆえの新たなミスが残る。ついに言ってしまった。
「紙面で確認してからパスしてもらえませんか?」
「なんで紙なんですか? 何度も印刷するのは非効率ですし、環境にもよくありません。ディスプレイ上ではダメな理由を教えてください」
 一理ある。でも現に間違ってるじゃん。なんでそんな自信満々なのよ。半年だけ後輩の、少し年上の彼にそう問われたとき、納得させられるだけの回答を見つけられず、私は言葉に窮した。

 私の隣に倉田がやってきたのは、前任者の仕事を覚えている最中のことだった。質問にすぐに答えられず、ノートやマニュアルをめくって答えることが続いた。未熟な私だが、彼のミスを減らす策を考えて伝えてきた。たった半年違いで、資料作成が遅く、まともに教えられないくせに細かく口出ししてくる年下の平社員の女。彼にとって、私は鼻持ちならない存在だろう。
 前にも別の状況で同じ問いを投げられた。打ち合わせの内容を彼がパソコンに打ち込む傍ら、裏紙にまとめているときだった。

「なんで紙なんですか?」

 議事録にまとめるなら最初から打てば早いのではと彼は続けた。頭を働かせながら話し合うとき、自由度の高い裏紙のほうが聞き書きにも思考の整理にも都合がいい。そう答えたが、彼にできることができない私は劣った存在に見えただろう。

 確認箇所に線を引き、確認漏れを防げるから。営業先で見せる実際の紙面で、色味や文字の大きさなどを見たほうがいいから。俯瞰して見られるから。画面上で見続けるとブルーライトのせいで頭痛がするからって、それは個人的な理由だわ。
 定時で帰った彼のいない職場で唸っていると、どうしたのと上川かみかわ課長が声をかけてきた。

「なんで紙で確認したほうがいいんでしょう?」

 事の次第を説明するが、彼も確たる根拠を持ち合わせていなかった。理由はわからないけど、画面上で気づけなかったミスが紙で確認すると浮き上がる。それを修正して、ミスの少ない資料を完成させてきた。その言語化は難しい。
 チャットの通知が来て見てみると、隣の上司のアイコンだった。
「紙がいい理由。見つけて送った」
 そこには、パソコンの画面上だと人は間違いに気づきづらいことが科学的に証明されていると綴られていた。
「これです課長! 明日早速見せてみます」
「待って、水野みずのさん」
 それからの課長の話に、身につまされる思いがした。私は倉田の反論をいかに論破するかばかり考え、彼への敬意を忘れていた。彼は納得したらちゃんと実行するし、私がパニックに陥ってもゆっくり待ってくれる。人としての彼はとても優しい。ただちょっとミスが人より多い。それだけでできないという烙印を押していた私。最低じゃん……。
「申し訳ございませんでした。私、先輩失格です」
「誰だって最初は後輩、部下なんだ。後輩や部下に育てられて先輩、上司になっていくもんだよ。紙の裏面をめくれば、見えるものがあるんじゃないかな」

「昨日はすみませんでした」
 朝一の打ち合わせで、開口一番倉田は言った。
「私こそすみませんでした。倉田さんの思い、受け止めようとしていませんでした」
「いえ、自分のミスを減らそうとしてくださった水野さんのご助言に対して、あれはなかったです」
 倉田……。
「わからないんです。なんで自分が気をつけてもミスをするのか。なんで紙なのか。前に水野さん言ってましたよね。紙でメモをとるのは聞き書きにも思考の整理にも都合がいいって。残業して議事録をまとめるのは大変そうだから、紙じゃなくてよいのではと尋ねたんですが、その理由を聞いて納得したんです」
 そうだったのか。
「今回も、紙がいい理由を知りたかったんです。理解して紙で確認して、少しでもミスを減らして水野さんの残業も減らしたい。『いつも迅速な対応ありがとうございます。ちゃんと話をさせてください』。水野さんの付箋、うれしかったです。僕もちゃんと聞きたいです」
 私を見下していると勝手にレッテルを貼って、彼の言葉の真意を私は理解しようとしなかった。やっと気づいた。気づかせてくれた。それから、昨日課長が教えてくれた資料にマーカーを引いたものと、私が実際にチェックした痕跡を残した資料の紙を見せると、彼は目を輝かせてくれた。もっと早く、彼の裏面を確かめようとめくるべきだった。

 予定よりだいぶ早く資料が完成し、営業部に感謝された。倉田さんのおかげだと私が言う。読みやすくて数値も正確で助かるとも言ってもらえた。それは水野さんのおかげだと倉田が言う。
「あなたたち、表裏一体のいいコンビじゃない。さすが上川くんが推したふたりだわ」
 安心して使えるいい資料を早く作る部下たちなので、彼らに任せてほしいと言ってくれていたそうだ。課長……。
「これからもよろしくね」
「はい!」
 ふたりの声が重なった。

🗒️

過去最多エントリーという大盛況ぶりの秋ピリカグランプリ。189作品ですよ!すごいですよね。
最大字数で考えると、189×1,200=216,000字になります。原稿用紙540枚。文庫本の1ページあたりの字数を540字程度(参考:https://printmall.jp/blog/archives/20210201/2382/)とすると400ページにもなります。

今、審査員のみなさんはそんな文字の海を航りながら、ひたむきにご審査をしてくださっていることと存じます。
しっかり眠れていらっしゃるでしょうか。
ぎらついた目を、こりにこった肩や腰を、労っていらっしゃるでしょうか。
季節の変わり目、体調を崩されませんように。

そんな秋ピリカグランプリに私も応募しました。ありがたいことに、小説では過去最多のスキをいただいています。僅差ながら、創作大賞の1話目よりビュー数もスキ数も多いです。
お読みのうえ、スキをくださったみなさん、本当にありがとうございます!コメントくださった方、本当にありがとうございます!!
私も亀の歩みで作品を味わっているところです。昨日も休日出勤で、連日終電近くまで仕事している今ですが、秋ピリカグランプリの作品を読むのが楽しみな秋の日々です。忙しくて感想はコメントをくださった方からお伝えしております。でも、スキが何度も押せるなら連打したい。そんな気持ちで指をハートに重ねています。

1,000字もオーバーしている今作は、さすがに1,000字削るのは難しいと諦めました。実はこれも最初より結構削っています。
もう1つの没作品もそこそこ長いです。
基本長くなりがちな私ですが、応募作は比較的削った字数が少なかったです。それでも500字くらいは削ったでしょうか。
応募作は、個人的にちょっと特別です。いろんな意味で。これはご審査が終わった後に感想記事で綴ります。

いろんな紙と向き合った日々。
今も紙に敏感です。
#コッシーさんには負ける
図らずも紙飛行機に向き合ってきた8月末から考えると、2ヶ月近く紙のことばかり考えてきました。
#紙飛行機が出てくる作品につい目が留まりがち

来月が楽しみですね。
まだ読めていない作品を少しずつ味わいながら、その日が来るのを待っています。

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すーこ
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