「雷雲よ早く去れ」機内で祈った87分
今朝、航空会社から受け取ったメールに記載されていた、雷雲の予告と影響についての文章だ。朝早くから、払い戻し等の対応に関する航空会社Webサイトリンクとともにご丁寧に送ってもらったこのメールの予報が、どうか当たらないようにと願いながら、空港に向かった。
ゴーアラウンドと誘導路上待機の87分
街中にあり、博多、天神などの都市部との接続のよい福岡空港。その利便性から多くのビジネスパーソン、観光客に重宝される一方で、"日本一の過密空港"と言われ、"門限"など、多くの課題も抱えている。そんななかで、現場の方々は誠心誠意対応なさっている。
福岡空港、飛行機に限らず、交通機関を利用するに際してトラブルはつきものだ。そもそも交通機関は天候に左右される。飛行機の場合、乗客の体調不良や飛行機、滑走路上のトラブル、使用機到着の遅れなど、さまざまなトラブルに見舞われうる。その覚悟をし、多少の遅れを考慮して前々から予約をしていた。
到着予定時刻目前。着陸態勢に入った飛行機が、少ししてからまたぐんと上昇した。ゴーアラウンド(着陸復行)だ。すぐさま機長よりアナウンスが入る。滑走路にまだ飛び立っていない出発機が確認されたため、引き返すよう管制から指示があってのことだった。
年始の出来事が頭を過る。もともと細心の注意を払って対策を講じてこられたであろう航空業界の方々。あれからより一層、厳戒態勢で臨んでこられたことと思う。今回は管制官と機長の連携により、事なきを得た。
その後、安全の確認がとれ、定刻を少し過ぎて着陸した。一同胸を撫で下ろしたのも束の間、窓に激しく叩きつける雨と雷の閃光。すぐさま音がして、落雷を告げる。
心配はすぐに的中した。激しい雷雨により地上での活動が一切できない状況のため、地上ハンドリングを停止し誘導路上での待機が決まったと機長よりアナウンスが入ったのだ。気象レーダーをもとにした管制の判断が下される時刻まで待機し、その判断を待つ。雨が窓に打ちつけ滝のように流れるのを見ながら、雷雲が去るのをただ静かに祈っていた。
降り立つ後続機のために少しずつ移動しては停止するを繰り返した。窓を伝う雨が、太い線から細い線になり、粒状になり、窓に当たらなくなった。ついに雷雲が去り、地上作業員が安全に作業できるようになったと管制から連絡が入ったとアナウンスが入る。これが、予定時刻からちょうど1時間後のことだった。
待機していた離陸前の出発機を飛ばすため、駐機場での待機は続く。事故など何も空港や空で起こらないことをひたすら祈る。暗い雲が流れていき、西側の窓から光が射し込み、窓向こうの空は淡い橙色の夕焼けに染まっていく。乾きかけの窓に残る雨粒がきらきらと光る。橙色に輝く太陽が窓から覗く。飛び立つ飛行機が窓に映る。ようやく少しずつ、日常を取り戻し始めたのが機窓越しに感じ取れた。
そして、出発機が無事飛び立ったのを確認し、定刻から87分後、ついに私たちの乗った飛行機は目的地に到着した。
職務を全うするプロと支え合う乗客
待っていた87分間、印象深かったことがいくつかある。
着陸して待機が決まってから、私の2席前の方が、通路を挟んで向かいの方の背中をしきりに擦っていた。どうやら体調を崩されたようだった。かなり辛そうなのが、傍目からも見て取れた。すぐに客室乗務員が駆けつけ、優しく声かけを行いながら、てきぱきと対応していく。背中を擦る方に事情を伺い、他の客室乗務員と相談し、水やショールを持参し、休みやすいところへ移動を手伝う。
体調不良者が周りを気遣い遠慮するのを察し、事を大きくしないよう配慮していた。私はたまたま近かったので心配しながら見ていたが、すぐ近くの方々を除いて気づいて動揺する様子はなかった。気づいた方々も、そっと気遣わしげな視線を送りながら、早く楽になれるよう祈っていたと思う。
その方が戻ってこられ、少し快方に向かった様子を見て安堵の表情を見せる客室乗務員。私も、よかったと思った。飛行機を降りた後に手荷物受取所のベンチで少し笑顔を見せていて、ほっとした。辛かっただろうに、周りやご家族、客室乗務員の方に心配をかけまいとしていたその方が、今ご自宅でゆっくり休めていることを切に願う。
その他にも、ささやかながら印象的な出来事があった。
機長は何度も、情報が入り次第すぐに私たちに声を届け、穏やかな声でお詫びとお礼、的確な情報伝達を繰り返す。管制から情報が入らない間、おそらくチーフパーサーの方から、お詫びや機内での臨時対応などのフォローが入り、その内容や機長のアナウンスについて、英語で繰り返していた。客室乗務員は笑顔を絶やさず、見回りながら、困っている方がいないかなどを確認し、必要に応じて声かけを行う。彼らが落ち着いて職務を全うする姿に、少しずつ安心を取り戻していった。
そんなプロたちの姿を見て待つ乗客たちは、彼らを信じ、行儀よく待っていた。老若男女、国内外問わずだ。誰ひとり声を荒げず、聞こえる声で愚痴をこぼすことも、電話で迷惑をかけることもなかった。少なくとも、私の耳には入らなかった。心配そうに窓の外を窺いながら、大切な人たちを気遣い、励まし、迷惑にならないよう雑談していた。私のような1人客も静かに待っていた。子どもたちもたくさん乗っていたのに、大人しく座って待っていた。支え合う乗客たちの姿も素敵だったのだ。
そして、降りるとき、客室乗務員やグランドスタッフの方々が笑顔で深々とお辞儀をして送り出し、出迎え、搭乗お礼を伝えてくれた。3連休最後の旅の思い出を、つらく嫌なものにしたくない。楽しいままで終わってほしい。感謝と申し訳なさのこもった誠意を感じた。おかげで大切な旅を良い記憶のまま終えることができた。
その後に、地上作業員の方々の作業姿が窓から見えた。暑いなか外で飛行機や滑走路を整備するこの方々のおかげで、地上が守られていることに改めて感謝した。飛行機と空港を繋ぐ搭乗橋の外にいる作業着の方が、飛行機を眩しそうに見つめる姿がなんだかかっこよかった。
プロの矜持と乗客のマナーのよさが光っていた。笑顔で出口へ向かう乗客たちと、笑顔で見送るプロたちを見つめながら、この危機をともに彼らと過ごし、乗り切れてよかったと思った。
安全に飛び立ってたどり着く凄さ
操縦士が安全に飛行機を操縦し、客室乗務員が乗客への対応や安全業務を行い、機内での安全を守る。航空管制官が管制によって空の安全を守る。グランドスタッフが受付、保安検査、乗客対応や案内により、空港の室内、機内の安全を守る。航空整備士やグランドハンドリングなどの地上作業員が飛行機や滑走路を整備することで離着陸、航空中の機体を守る。見えないところで調査や各所との調整、システム管理などを行う航空会社や空港運営会社のみなさんが、全体の安全を守る。
誰ひとり欠けても成り立たない。彼らのおかげで私たちは安全快適なサービスを享受できている。そのことを今回再認識した。これはどんな仕事にも通ずることで、仕事をするすべての人たちに対し、敬愛をもって、享受する側として礼節を重んじたいと改めて思った。
あらゆるサービスや商品も、一次産業、二次産業、三次産業すべてにおいて、当たり前だと思われていることは決して当たり前ではない。日常は、働く人たちの営みによって支えられていて、みんな利用者、消費者であり、提供者でもある。互いへの尊重が社会を円滑にする。そうして成り立っている。
成り立たせている構成員である私たちは凄い。そして、成り立たせてくれている他の方々は凄い。家庭で支える方々や、過去支えてきてくださった方々、未来を担う子どもたちもその大切な一員だ。つい失敗を責めがちで、責められがちな風潮が強まる一方だけれど、褒められない多くの当たり前を当たり前にする人たちをもっと讃えあえる、ときにはお互い様と許しあえる社会になればと思う。そんな余裕がなくて、何かに当たらざるをえないほどに追い込まれている人がいるのも現実としてあるけれど。
会社とか公務員とか、団体で考えがちで、対面しないと向こう側の見えない人たちを想像しづらく理解しようとする姿勢が乏しくなりがちだ。でも、団体のなかの個を、向こう側の血の通った人を意識して、利用者、消費者としてできることをしたいと思った。
今回でいえば、予約段階で余裕をもたせ、きちんと情報を届けてくれるメールを読み、リンク先ホームページの内容を確認する。機内持ち込み可能な物、手荷物預け可能な物を確認して守る。早めに搭乗手続きや手荷物預けを行い、保安検査場を通ってアナウンスに耳を傾けて待つ。機内では客室乗務員の指示に従い、しおりや映像を見て到着まで周りに迷惑をかけないように乗る。そんなところだろうか。
安全に飛び立って降り立ち、目的地にたどり着くことは凄いのだと改めて思った。
空港の窓に、豪雨が嘘のような茜色に染まった夕焼けと、降りたばかりの飛行機、地上作業員の方々が映っていた。あまりに素敵でしばらく見とれ、夕焼けが消えないうちに写真を撮影した。ひっきりなしに通る乗客が写り込まないよう注意しながら。乗り切った他の乗客たちも、足を止めて夕焼けを見たり、スマホやカメラを構えて写真を撮ったりしていた。
土砂降りの雨が上がった後のこの景色を穏やかな気持ちで眺めながら、家路につくことができたのは、プロのみなさんのおかげだ。
私が降りた後も、着陸を待つ飛行機たちを安全に下ろし、離陸を待つ飛行機を飛ばすために奔走されている人たちを目の当たりにした。福岡空港は22時までしか着陸できないので、特にしわ寄せがいくのだと思う。ライブカメラによると、今夜は特別に門限を延長しているようだ。もしかしたら、遅れや門限延長によりクレームが届くかもしれない。
それでもここに1人、感謝の思いをもって発信する人間がいることを伝えたい。多くの人たちは、プロのみなさんに敬意をもって感謝していると、少なくとも私は今日同じ時間と空間をともに過ごした方々を見て思った。すべての航空会社、空港運営会社、管制官などの全航空関係者に敬意と感謝を込めて。