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桜の森の満開の下で

舞台を満開にする、幾万もの桜の木を、
今年に入って2度も目にすることになるとは
思ってもいなかった。

幸せと不幸せは紙一重みたいなもので、
ああ言えばこう言う、くらいのもので、
生きることと死んでいることも
そんなに大差がないんじゃないかと思っていた。

でも、確実に、死は存在する。
その魂を想い、恋し、悔しみ、
もうひとまわり、強くなる。
その強さは、涙がでるほどに愛しいものだ。

父の魂を、もう一度この舞台に呼び戻す。
満開の桜の木の影から、声高に笑いながら、
恐ろしいこの世の中にもう一度、呼び戻す。
死刑的な処罰を受けることになるのだろう。
それでも、ここの舞台にもう一度立ちたいと、
そのためにはあなたの魂が必要なのですよと、
言いたかったのだと思う。
絆とよぶには脆すぎる強いなにか。

この2人の息子たちは、いま、父を越えようと、
いまできる演技を私たちに見せつける。
人間は誰のなりかわりでもない。
中村勘三郎は勘三郎で、
中村勘九郎は勘九郎で、
中村七之助は七之助なんだ。
野田秀樹が勘三郎と約束していた舞台を、
息子2人と演じることになるなんて
それはドラマティックなシナリオだけれど、
ドラマみたいなフィクションをこえる人生が、
この演技に力強さをあたえていた。

ああ、私たちは生きている。
生きているか死んでいるかわからない人混みの中で、
両足で立ち続けたい。
形にならない舞台の上で、魂だけでも残したい。

──八月納涼歌舞伎『桜の森の満開の下で』野田秀樹作

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