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【レビュー】『京大短歌29号』~お気に入り短歌をご紹介
▶読んでよかった…!短歌の魅力が凝縮された一冊
当店で取り扱い中の、京大短歌会『京大短歌29号』のレビューをさせていただきます。いやぁ、面白かった…!いろいろなタイプの短歌が読めるので、短歌初心者から上級者まで十二分に楽しめる内容でした。ここには到底書ききれませんが、絞りに絞った私のお気に入り作品をご紹介いたします。
短歌素人(日頃は詩書き)の私が「心に刺さった」という観点だけで選んだことをご考慮いただければと思います(こわ…)。
▶独断で選んだ、お気に入り6首
腹痛にしずかに耐えて 水面に蜻蛉が産卵していくプール
『京大短歌29号』p.9
女性として深く共感した作品。腹(下腹・子宮)の痛みですよね…。「しずかに耐えて」いる横でトンボは産卵していく。この対比の語るものがすごい…!
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剥製の鷹 死んでなほ飛ぶことを忘れさせてはもらへぬかたち
『京大短歌29号』p.29
死して消滅することも許されず、「鷹」として人の目に晒され続ける鷹。その姿が、私たちの、常に人の目や関係性の鎖に縛られ、自意識を形作られながら生きている息苦しさに重なって見えて、胸に刺さりました。しかしこの作品からは逆に、その束縛から解放されるためのインスピレーション(自分はどうありたい?という視点)をもらった気がします。
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どの地にも過去は溢れてつばくらは裸足で降り立ち裸足で飛び立つ
『京大短歌29号』p.42
過去は過去として心の中に持ちつつも、その過去にとらわれず、日々を「裸足」で生きようとする真っすぐな気持ち。それを、精悍な渡り鳥・つばくら(燕)のイメージと重ねたところがとても美しい! 大好きな作品。
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トウキョウのまんなか音が降ってくるメモリー不足ひどく発熱
『京大短歌29号』p.58
作品中にも「音」という言葉が出てきますが、それに呼応するように、読んだ時の音(リズム)が心地良かった♪ 現代的な内容とぴったりマッチしている点も絶妙で好きです。
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170cmいくと思っていた身長 先生、今でも彼女が好きです
『京大短歌29号』p.67
この素直さ・ストレートさがたまらないですね! 「先生、」という言葉がこんなにも包摂的な意味を感じさせることに驚き。詩の中で使うより、短歌の短さの中に組み込まれた時の方が、言葉は威力を発揮するのかなぁ…? とにかく素敵でした。
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悍馬追い秋を渡ると告げたるが終の消息 瓶(ルビ:かめ)に寄る蠅
『京大短歌29号』p.105
『京大短歌29号』を拝読して得た大きな収穫の一つが、永田淳さんという歌人を知ったこと。すごい…! 今度歌集を拝読してみたいです。
▶気になった、社会派歌人
不都合な事実(ルビ:こと)は隠されるスポーツの大麻の不倫の記事の裏面に
『京大短歌29号』p.37
教科書をひらいてとじて学ばざる検定と検閲のあわいを
『京大短歌29号』p.38
私は自分が社会問題系の詩を書くので、小池ひろみさんの連作「眠っている魚たち」はかなり好きでした。社会を鋭く批判しながらも、ちゃんと美しいところが素晴らしかったです。もっと読みたいと思いました。
▶全体の世界観が好きな、連作2選
(1)おぐにそ「この乱数表には訂正があります」
最悪はサイアクよりもサイアクだ四半世紀最悪を知らず
『京大短歌29号』p.71
何が「最悪」か、ここで種明かしをするのはやめますね。この「最悪」に対して、ある程度割り切って向き合うユーモラスな作品が並びますが、その奥に見え隠れする割り切りきれない心の繊細さが、とても魅力的でした。
どこまでもどんな風にも生きられる乱数表の数字を弄る
『京大短歌29号』p.72
乱数表とは、0から9までの数字を全く無秩序に、しかも出現の確率が同じになるように並べた表。 統計調査で標本の無作為抽出をするときなどに用います。この乱数表のように人生のイベントは偶然の連続のようでもあるけれど、実は必然(縁起)を掴み取る営みでもある…そんなことを感じさせてくれる世界観が、とても素敵でした。
(2)今紺しだ「機海学習」
a 吾を生みし五月の晴れた日々のこと技師(ルビ:きみ)は語れりロボットの吾に
『京大短歌29号』p.73
この初首で、一気に物語に引き込まれてしまいました。この、ロボットである「吾」と吾を生んだ「技師(きみ)」とのお話、タイトルに入っている「海」の理由は、是非本誌でお読みください。
c きみの目が翳れば我は詫びてみる xを呑みてyを吐くのみ
『京大短歌29号』p.73
人間も多分に、刺激が来たから反応する、入力があったから出力する、といった、ロボット的な部分がありますよね。遺伝子レベル、細胞レベルの活動はまさにそんな感じがします。では、人間とロボットとの差とは一体何なのだろう…そんな問いを抱えながら読み進めていった私ですが、最後に提示されたこの作品に、美しい「解」を見た気持ちになりました(私にとっては意味不明な(笑)数式も魅力)。
0.63g+0.02i+0.03j+0.04k+0.04l+0.03m+0.21n→
o 波音の響きも青の濃淡も隅々までも今日を忘れじ
『京大短歌29号』p.74
15首まるっと大好きな連作でした。
▶今号の私的 The BEST
この一首に出会えて本当に幸せ!、と思えた“私的 The BEST”は、笠木拓さんの連作「きときと」中の、以下の作品です。
閉業の貼り紙は透け靴箱のどの戸も鍵の挿頭(ルビ:かざし)さしたり
『京大短歌29号』p.98
この連作は、作者が富山へと友だち2人を誘って、ドライブしながら雨晴海岸・閉業になった「ハダカ天国ゆ~ランド」・その隣のお寿司屋をめぐる様子を詠んだもの。ルーズな旅支度、お笑い芸人「ヨネダ2000」を見て喜んだり、海で繰り返し記念撮影を撮る様子、「ハダカ天国ゆ~ランド」を見つけてはしゃぐ様子が楽しく描写された後、この、しんみりと素晴らしい上記の一首が登場します。
閉業した施設の、もう誰も靴を入れることのない靴箱。そこにささっている鍵を「挿頭(かざし)」と表現した美しさが鳥肌ですよ…!!
かざし 【挿頭】
花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。
人は、役割があるから価値があるのではなく、役割がないことがある種の役割となって価値を発揮していくことがあります。閉業した施設の鍵がささったままになった靴箱たちは、役割を失った存在。しかし作者は、その姿を哀れな役立たずとして見ず、風雅な存在として見ているから、鍵が挿頭のように見えているのだと思いました。私はそこに、役割を失ったことを受け入れて輝く人間の美しさや、その美しさが他者に何かを気付かせる機能を果たしている理想的な社会の循環を投影して、感動してしまいました。
この一首は本当に、今まで読んだ全短歌の中でも最高に好きかもしれないです!
▶「編集後記」が素晴らしい
最後に、『京大短歌29号』編集長・ナカジマシンさんの素晴らしい編集後記を、全文引用にてご紹介します。
言葉なしに世界を理解することはとても難しいから、わたしたちは世界をひとつひとつ名付けながら切り刻んでいく。
切り刻んだものは散らばったり集まったりして、点が線になって、線が図形になって、やがて世界をつくっていく。もちろん、言葉が生まれたり死んだりする過程で、誰かが傷ついたり、勇気づけられたりしながら。
だからこそ、いつも、名前をつけるという行為はとても神聖で、ごまかすのもみっともないから、わたしたちはこの冊子にわたしたちの名前をつけることによって、切り刻んだ世界に血を通わせることにしている。
どこかからきたわたしたちは言葉によっていまここに集まって、またどこかへゆっくり離れていく。
ひとつひとつを、みてもらいたくて。
『京大短歌29号』
『京大短歌29号』、ここでご紹介できたのは全54名中たったの10名です。ぜんぜん書ききれないほど、素晴らしい作品が満載でした。すきま時間にちょっと読めるのも短歌の良いところですので、ぜひ“宝探し”的にお読みいただければと思います♪
▼こちらの記事では、豆川はつみさん、大森静佳さんの短歌もご紹介しております。