【詩集レビュー】木村孝夫『持ち物』~福島の詩人が書き続けた東日本大震災
当店に、木村孝夫詩集『持ち物』(シリーズ100人の詩 33、詩人会議出版、2024年発行)を入荷しましたので、ご紹介します。
▶12年間の震災詩をまとめた詩集
この詩集の著者・木村孝夫さんは、福島県いわき市の詩人です。東日本大震災からずっと、震災の詩を書き続けておられます。この詩集はそれらから選び出された作品で構成されており、全20篇のうち、冒頭の2篇を除く18篇すべてが、東日本大震災に関する作品です。第21回白鳥省吾賞優秀賞「海を背負う」も収録されています。
▶レビューが書けない…
実は当店では、もう1か月以上も前にこの詩集を仕入れさせていただいていたのですが、なかなかご紹介のレビューが書けませんでした。忙しくて、ではなく、簡単には言い表せなくて、という理由でです。
それはこの詩集が、震災からの12年間を凝縮した、福島の抱える悲しみや苦悩、多岐にわたる問題を幅広く網羅した内容となっているためです。震災発生当初の生々しさから、時間が経つにつれて浮き彫りになってくる問題、不安、憤り、諦め、宙ぶらりんになったままの気持ち…これらがすべて、現地でこの災害を経験し、今もそこに住み続ける詩人にしか書けないであろう言葉で書かれています。被災された方がお読みになったら、苦しいかもしれません。そんな作品を前にして、被災していない、目を背けようと思えば背けて生活できる私に何が言えるのだろう…と、長らく言葉が見つかりませんでした。それほどまでにまだ福島は、下手な言葉の届かない苦悩の「渦中」にあるのだと、木村さんの作品の一つ一つが静かに訴えかけてきます。
実のところ、レビューは書かずに当店にそっと置いておくだけにしようかな…とも思いました。
▶部外者は黙っていたほうがいいのか
レビューを書くのをやめようかなと思った理由の一つは、この詩集を読みながら、私自身がどんなに頑張っても「部外者」であり、踏み込めない部分がある、と強く感じたためです。
上記の「骨の重さ」「津波のこと」では、行方不明になったきり手がかりの一つも見つからない大切な人への思いが、痛切に綴られています。
表題作「持ち物」では震災のトラウマが生々しく描かれ、「記憶を消す」では、それらのトラウマに苛まれ続けながら「区切りという線を/引くことができないでいる」(「記憶を消す」より)人の姿が描写されています。
…よく「被災者の悲しみに寄り添う」という言葉が使われますが、これらの作品から伝わってくるインパクトは、「これほどまでに理不尽かつ辛い経験に見舞われたことのない私が、とても簡単にその悲しみに寄り添えるものではない」「中途半端な気持ちで寄り添ったら逆に傷つけてしまう」という気持ちにさせるものでした。
なら、レビューを書かずに、静かにこの詩集を当店に置いておけばいいかも…。先程書いたように、そういう気持ちもちょっとありました。でも、それは違う、伝えきれなくてもいいから紹介しなくては、と思い直すに至ったのは、この詩集によって、私が部外者であると同時に「当事者」であることを突き付けられたからです。
▶国民全員が当事者
以下は、叔父との思い出を振り返りながら風評被害に対する姿勢を示しているともとれる「宣言」、帰還困難区域の人を想う「夕焼け」、汚染土・除染土の問題に踏み込んだ「除染土」よりの引用です。
福島は、突然の地震・津波で大勢の方の命が奪われただけでなく、家や田畑、職場・産業も失われ、さらにそこに放射能の危険や不安が残存しているため、13年経った今でも一時避難された方々の帰還に支障が生じています(参照:NHK 福島NEWS WEB)。福島第一原子力発電所の放射性廃棄物や廃炉の問題は、世界で最難関レベルの難問です。世界中で使用済み核燃料の処分を開始できている国はどこにもありません(参照:NHK 1からわかる核のごみ(2))。さらにその地に政治的思惑や利権が複雑に入り込み、表面的に聞こえの良い復興支援策の裏で何がうごめいているのか、国民全員が注視していかないとならない状況にあります(2023年に南相馬市に完成した某製薬工場などが気になります)。
これらの問題に対しては、日本に住む私たち全員が「当事者」です。
元々、福島第一原発は、首都圏に電力を供給するために建設されたものです。国民が原発自体を容認してきたツケが福島に顕在化したということでもあります。「知らない」「関係ない」と言えないだけでなく、スルーしていたらいつか自分の首を絞めることになるでしょう。
▶福島と日本のこれからを考えるきっかけに
詩集の終盤は、復興に焦点を当てた作品群で構成されています。
「ある町のこと」「12年が過ぎた」「震災復興」は、徐々に町に賑わいが戻ってくる喜びと、それと背中合わせにある上塗りされていく街への複雑な気持ちなど、そこに住む人ならではの心の機微をとらえた3作品です。
そして詩集最後の作品「2045年3月」では、中間貯蔵施設の県外移転の問題が取り上げられています。
現在、福島県内の除染で発生した土壌や廃棄物は、福島第一原発のある大熊町と、隣の双葉町の中間貯蔵施設に搬入されています。
これらの廃棄物を「中間貯蔵開始後30 年以内に福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」ことが、国の責務として法律(中間貯蔵・環境安全事業株式会社法)に明記されています。
しかし、今のところ最終処分の候補地は決まっておりません。
福島第一原発だけでなく、他の原発でも同様の問題が生じています。
今年(2024年)の秋、青森県むつ市で、新潟県の柏崎刈羽原発(東京電力)で出た使用済み核燃料(いわゆる「核のごみ」)の中間貯蔵が始まろうとしています。始まれば、原発敷地外で「全国初」の「中間貯蔵」です。ただ地元からは、「このまま最終処分場になってしまうのでは」との不安の声も出ています(参照:東京新聞https://www.tokyo-np.co.jp/article/337981)。
核のゴミは、人が絶対に手を付けない場所に10万年は隔離しないといけないと言われており、日本の原発のみならず世界の原発でも、放射性廃棄物の処分をめぐって大きな問題となっています(参照:NHK 1からわかる核のごみ(1))。
これらの問題に対して、私たちには何ができるでしょうか。
この詩集はもちろん「詩集」ですので、ニュース記事ではありません。しかし、ニュースの映像や音声よりも生々しく伝わってくるものがあります。とても考えさせられる題材が凝縮されています。その上、収録作品20篇・全64ページと比較的コンパクトです。福島の問題を深く知らない方でも、「詩」という形態が感覚的な理解を助けてくれるように思います。
気になったら是非、お手に取ってお読みいただけたらと思います。
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