【詩集レビュー】武田いずみ『迷路屋』~働く女性に読んでほしい詩集
当店に、武田いずみ詩集『迷路屋』(2022年発行)を入荷しましたので、ご紹介いたします。
第一詩集『風職人』(2012年)で横浜詩人会賞を受賞されてから、10年を経て出版されたこちらの詩集。武田さんは「こっちは箸にも棒にも掛からなかった(笑)」とおっしゃっていましたが、いえいえ!、現代の働く女性にとって、こんなに共感する詩集はなかなかないのではないのでしょうか。本当にごくごく一部の詩集しか賞って受賞できないんだな~、と思い知らされます。
▶第1部は、働く女性の作品。
まずは許可をいただいておりますので、詩集冒頭の作品「ジェンガ」の全文を掲載いたします。
これ、コロナ禍のことですよね。武田さんは、医療・福祉関係のお仕事のようです。あの時の現場の皆さんのご苦労を想像しながら読むと、なんとも言えない気持ちになります。しかしこの後半の逞しさ。常日頃、いくつもの難題を乗り越えて業務をこなしているのであろう医療・福祉現場の方々の胆力を見せつけられたように思いました。こう書ける強さに、胸が熱くなります。
詩集『迷路屋』は3部構成で、上記の「ジェンガ」を含む第1部は、働く女性としての側面の強い作品群です。
「ジェンガ」の次に収録されている「いっこめの雲」は、書きたいことがありすぎてここでは書ききれないので(笑)、是非ご自分でお読みになっていただきたいです。もやもやを抱えながらも明日は否応なしにやってくる感覚。家庭での小さなトラブルをしっかり処理できないまま、それが大きな亀裂になっていく不安。そういう、仕事と家庭との狭間にある心にとても共感すると思います。
「鎮守」「ゆうら ゆうら」「名前」はそれぞれ、訪問先の高齢者とのやりとりが題材でしょうか。お一人お一人に対する自然体かつ誠実な眼差しに、温かい気持ちになります。
しかし、続く「棘」に出てくるきつい女性の態度。
こういう人と仕事で関わらなければならないこともありますよね…。その苦しさ・胸の痛みと向き合いながら、作者は道路わきの金網に巻き付いていた昼顔を思い出し、作品をこう結びます。
▶第2部は、繊細な心模様。
第2部は、繊細な心模様に思わず共感する作品群。どの作品も、まるで自分の不安な時の気持ちを代弁してくれているように感じます。
表題作「迷路屋」で「私」は、両手いっぱいの封筒を抱えて街をさまよいます。疲れた日の夜に見る夢のような、現実のような空想のような、迷路のような街を右往左往する姿が描かれます。
私はこの作品、とても哲学的で好きです。一人で勝手に焦って不安になっている自分、自らの観念(勝手な思い込み・理想)が作り出した焦りや不安に縛られて苦しむ自分が、俯瞰的な視点をもって表現されているように感じます。さらにこの作品が凄いのは、それに気づいた後の自分に対してのヒントが得られるところではないでしょうか。
「湖底」も、とても共感する作品です。子どもを育てる過程で私も同じような気持ちを抱えることがしばしばありましたが、とても作品にできる力量がなかったです(笑)。
▶第3部は、子どもとの関わりの中で。
第3部は、子どもとの時間・親としての側面がメインの作品群です。
「あかべえ(仮)」は、子どもたちが見つけた「あかべえ」にまつわる作品。「あかべえ」の正体も「(仮)」の意味も可愛くて面白いので、ここでは秘密にしますね(笑)。是非作品をお読みください。
「きのうをめくったら」はこのパートの中で私が一番好きな作品。昨日のいさかいを忘れて(少なくとも今は忘れて)カレンダーの裏側にお絵描きをする子どもと、まだちょっと引きずりながらそれを見ている母親。その気持ちを、
こんな表現、とても真似できません…!
このパートの作品群全体を通して私が印象的だったのは、平穏な日常がふとしたことで崩れてしまうのではないかという恐れが、うっすら漂っていること。
私も息子が小さかった頃はよく、「私はちゃんとこの子を守れるのかな」「ベストなことをしてあげられているのかな」「またブチギレてしまった(自己嫌悪)」というようなことを考えて、不安定な感じになっていました。(あれ?、若干育児ノイローゼ?笑)。武田さんのこれらの作品を読むと、あの頃の気持ちを掬い取ってくれたような、なぐさめられる気持ちになります。その結果として、「今」が少し落ち着くような。こういう感覚を感じたことのある皆さんに、是非読んでいただきたいなと思います。
この詩集『迷路屋』は、手に収まりやすいサイズ(四六判 127×188mm)なのも魅力。武田さんが意図して、一般的なA5判より小さめにお作りになったようです。カバー絵も素晴らしいですよね!
是非お手に取ってご覧ください。
▼『風職人』もどうぞご一緒に。