【詩集レビュー】田中茂二郎 美穂子 詩画集『世界は夜明けを待っている』(第52回壺井繁治賞)
▶増刷待ちをして、ようやく“再入荷”です!
先日「詩人会議」2024年6月号にて、第52回壺井繁治賞が発表されました。受賞したのは、田中茂二郎 美穂子 詩画集『世界は夜明けを待っている』です。あらためまして、おめでとうございます!
…実はこの詩画集、当店では先月上旬からすでに取り扱いを開始しておりましたが、何も告知をしないうちに、パッと売り切れてしまいまして。そこで田中さんに再度仕入れのお願いをしたところ、「現在在庫切れで増刷中なので、少々お待ちを。」とのご連絡が!…増刷ってすごいことですよね! 素晴らしい詩集なのでとても納得しますが、人気のほどがうかがえます。
本日やっと再入荷できましたので、この美しい詩画集について、「詩人会議」6月号に掲載された壺井賞の選評も含め、ご紹介いたします。
▶美穂子さんの美しい水彩画
まずは、ふんだんに盛り込まれた田中美穂子さんの美しい水彩画をご覧ください。本文ページの画像はモノクロですが、それでもとても美しいです。
…私はひそかに、この詩集全体のキーワードは、上記の「いろいろ思いがあり、」ではないかな、と思っています。後でちょっと解説しますね。
▶「手紙」全文
田中さんから許可をいただいておりますので、詩集冒頭の一篇「手紙」を、以下に全文掲載いたします。
▶名もなき人々へ寄せる想いと、社会批判のまなざし
上記の草野信子さん、佐々木洋一さんの選評にあるように、この詩画集は、時代と社会情勢の荒波にもまれながら生きる名もなき人々へ寄せた思いと、その奥に横たわる社会の不平等や理不尽へ、厳しい批判の目を向けた詩集です。「厳しい」といっても言葉に圧迫感はなく、むしろしゃべり口調やユーモアによる読みやすさが際立ちます。その点について三浦健治さんは、以下のように書かれています。
また柴田三吉さんは、いくつか作品を挙げながら、「受賞の田中詩集は社会的なテーマを書く時も理知を通過させ、ポエジーへ転換する力に長けています。」と評しておられます。
上記選評に登場する人々の他にも、この詩集には、四日市の公害の被害者(「晴れた日は永遠が見えた――四日市磯津漁港」「サンデーサーファー」)、戦争の時代を生きた人々(「故郷の石碑」「しなばあちゃん」)が登場するほか、病弱な自分を支えてくれた家族についても書かれており(「兄と妹」「ノー・ウーマン ノー・クライ」など)、田中さんの視点がごく身近なところから世界まで広がっていることがわかります。
このようにこの詩集は、批判精神を盛り込みながらも難しい言葉は少なく、読みやすいです。しかしだからといって内容は単純ではなく、私は何度も立ち止まりながら読みました。水面は穏やかだけど、これは相当深いぞ、という感じで…。この、難しい言葉で安易にごまかさないところが、書き手としてすごいなぁと思います。柴田三吉さんの選評のタイトルは「卓越した表現力」でしたが、まさにそういうことだと感じました。
▶「いろいろ思いがあり、」の“いろいろ”について思うこと
私自身がこの詩集の中で一番胸に刺さったのは、「小児病棟」という作品です(上の写真の中に、本文が一部写っています)。手術室から出てきた時には心臓が止まっていた、名前も知らなかった「かれ」のことが書かれた作品です。先日(6月3日)の「おはなし会」(田中さんがこの詩集について語る会)では、「私は体が弱かったので、中学は4年行った」と語っておられましたが、その頃のことでしょうか。
…これは私の個人的な経験になりますが、私も高校時代に、入院先で似たようなことがありました。あの時、同じ病気なのに助かる人(私)と助からない人がいることや、支えてくれる家族がいる人・いない人、たまたま医療のととのった国に生まれた人とそうでない人がいることについて、深く考えました。世の中は不公平なことばかりで、しかも私は今、運・不運でいえば、幸運の側にいる。そこにいつも、複雑な思いがありました。「早く良くなって退院したいね」と隣のベッドで語り合った“仲間”が亡くなり、一方の自分は元気になった時、私はどう生きたらいいのだろう…と、“いろいろ”考えました。その“いろいろ”が、田中さんがあとがきにお書きになった“いろいろ”の中身と同じではないかと思ったのです。田中さんの“いろいろ”は、直接的には美穂子さんへの思いと取れますが、そういうお人柄の基盤に、病弱であったことから派生する“いろいろ”があったのではないかと…。
田中さんは上記の「おはなし会」で、「私は経済的な余裕と、“発信する場”という一種の特権を持つことができ、詩集を出すことができた。だからその特権を持たない人に代わって、詩にして届ける」ということをおっしゃっていました。その、他者を思う気持ち、自分が生きていること・支えてくれる人への感謝、「今この時代に自分が生きていること」に対する思いが、この詩集の全体からひしひしと伝わってくる“いろいろ”の正体ではないでしょうか。
都月次郎さんは選評に、こうお書きになっています。
この「熱さ」は、田中さんの「今この時代に自分が生きていること」に対する思いの熱さなのではないかな…と、私はそんなふうに感じました。
「あなたでなければならなかった――ベアテ・シロタ・ゴードンに捧ぐ」という作品に、以下の言葉があります。
田中さんは6月号の「受賞のことば」に、「やった! これで詩人会議「原水禁世界大会報告係」からついに脱皮できる(半分冗談です)。」なんてお書きになっていらっしゃいましたが(笑)、この時代、この場所(国)で、自分に何ができるのかを、誰よりも真剣に考えておられる方なのかもしれません。
他にも、魅力的な作品が満載の詩集です。特に書き手にとっては、田中さんの語り口調の素晴らしさは、とても勉強になると思います。是非お手に取ってお読みください☆