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【レビュー】『京大短歌30』〜お気に入り短歌をご紹介。
12月2日から当店でも取り扱わせていただいている『京大短歌30』。先日の投稿では評論や企画の内容をご紹介しましたが、この投稿ではメインである会員連作・OP連作から、私が素晴らしいと思った作品を紹介させていただきます。本当は「全部いい!」と言いたいくらい今号も最高でしたが、心を鬼にして選出(笑)。詩作をする方も、俳句をお作りになる方も、是非お読みください。
前号レビューに引き続き、日頃は詩を書く(短歌には詳しくない)人間によるレビューであることをお許しいただければと思います。
▶︎鮮烈だった作品4選
ピンクは私語をよく隠すあの日の保健室のカーテン
『京大短歌30』p.11
色に遮音効果があるわけではないのに、「ピンクは」という表現がとてもしっくりきました。その感覚を捕まえた作者の感性がすごい。大変好きな作品です。
ゆう暮れにきみは電話に出なくって目を伏すように液晶翳る
『京大短歌30』p.14
「目を伏す」と「液晶翳る」を重ねたところがまさにそれ!という感じで、寂しさが胸にじわっと染み込んできました。その他「ゆう暮れ」「電話」など、単語選びの的確さも素晴らしいと感じました。
「今はもう、月が綺麗って告白の言葉じゃないよ」悪魔は言った
『京大短歌30』p.20
そういう無粋なことを言うのは「悪魔」なんだと言ってくれて、なんだかとても嬉しかったです(笑)。作者の連作は全体にメタ視点が効いていて、他の作品も読みごたえがありました。
いつからかよく目に入るぽぽのわたわたしわたくし飛びたいんですの
『京大短歌30』p.26
たんぽぽの「たん」を大胆に省略して生み出されたリズムが非常に楽しい。「ですの」というお嬢様風の語尾も、小さな「ぽぽ」の自己主張をより可愛くしていて絶妙だと思いました。
▶︎しみじみと美しかった作品6選
何の説明もいらない名作だと思いますので、一気にどうぞ。
その人はいつも帽子で持ち主を忘れたことを自覚した傘
『京大短歌30』p.41
こころひとつ守ってはなしを聞く子らのつぼみのような体育座り
『京大短歌30』p.53
自分からひとりになることを選んだ レシートの質感たしかめている
『京大短歌30』p.65
人ならば百年かかる演算処理 澄んだ静かな百年だろう
『京大短歌30』p.82
辛いことがあった時こそお腹から「お母さん」ってキックを君は
『京大短歌30』p.93
さうめんの味は色では変はらぬとくぐもるこゑにむすめ言ふなり
『京大短歌30』p.113
▶︎鋭さ満点。読ませる連作3選
(1)「レプリカ」烏辺なつむ
あなたとはきっと気が合う気がしてる コーヒーフレッシュふわりと垂らす
『京大短歌30』p.5
いい雰囲気だなぁと思って読んでいったのですが、むむ…?「コーヒーフレッシュ」「マーガリン」「イルミネーションのこもれび」「偶像」…これらの言葉におや?と気が付きました。
(あの顔はレプリカである)太陽の塔はとぼけて口笛を吹く
『京大短歌30』p.6
現在の太陽の塔の顔部分は、レプリカだそうですね。私たちの暮らす世界に潜むフェイクが、この連作の中にも散りばめられていたことに気が付きました。しかしこの連作の面白さはそこではなく、そういったフェイクを作者が、否定的にも肯定的にもとらえている点にあると思います。
大切な日のゴルトベルク変奏曲 あなたと聴いたメロディを探す
『京大短歌30』p.6
オリジナルは完璧すぎて息詰まる レプリカがこの街に似合うよ
『京大短歌30』p.6
レプリカやフェイクばかりの世の中で、本物を求める気持ちと、逆にそれらにある種の愛着を持ち、本物と向き合う重さに躊躇する気持ち。その両方に深く共感しました。
(2)「カジオ・ブランコ屋本舗」カジオ・ブランコ
ぺちぺちぺちぺち私は何も悪いことはしていませんよぺちぺちぺちぺち
『京大短歌30』p.7
第一首から強烈です(笑)。全首がこのスタイルでいくのかなと思ったのですが、いい意味で期待を裏切られました。
優しいと言われて優しくなったのかセロリを齧る2:12
『京大短歌30』p.7
誰も知らないということを知っている むかしの「昔のティラノ」予想図
『京大短歌30』p.8
作者の目は、自分の主体性を含め、「オリジナルって何だろう」という点に向けられているように思えます。絶対的かつ確固たるオリジナルがどこかにあるのだろうか。存在はすべて他者(外部)からの作用・影響によって形作られているのではないか。それを考えた末にいろいろと斜め目線になり(笑)、第一首の「私は何も悪いことはしていませんよ」があるのではないかと気付かされます。「私」は外部からの影響の産物なのですから、「私」が悪いならそれは外部が悪かったから、という理論です。
この連作は全体的に飄々としていて明るく面白いのですが、その明るさが達観して突き抜けたところから来ているのか、道化的なものなのか、判別できないのも魅力。
焦点を合わさずにいる この町は僕が微熱であると知らない
『京大短歌30』p.8
あなたに合ったオーダーメイドの私をお届けカジオ・ブランコ屋本舗
『京大短歌30』p.8
自分は「微熱」(=やや病気)だと言い、「本舗」(=商売)なのだという。その裏側にある奥深い思考を想像して(そんなに深くない可能性も含めて笑)、とても楽しめる連作でした。
(3)「Language」真中遥道
(我々にとっては名詞でこの犬にとっては動詞であるだろう)お手
『京大短歌30』p.79
みずうみがウミと呼ばれる世界では夏に家族でシオウミに行く
『京大短歌30』p.79
大変ハッとさせられる連作でした。何の気なしに使ってきた単語の中に、よく考えたら「あれ?」と思う点が多くある事実。この盲点を掘り起こした筆者の濁りのない目に感服します。さらに作者は単語の中にある盲点にとどまらず、私たちの情動や認知の中に、言葉によって作られる盲点があることを暴いていきます。
oceanは悲しいの意と教えたら窓辺の彼女に広がった海
『京大短歌30』p.79
_scapegoatが捧げられるときひっそりと頭から落ちたe
『京大短歌30』p.80
「scapegoat」 (スケープゴート=責任を押し付けられて犠牲にされる人)は本来は「escape goat」(脱走ヤギ)だったのではないかという視点の鋭さ。既存の社会構造や既得権益からの脱却を図るような改革的行動を起こした人が、別の小さな問題(不倫とか申告漏れとか)でつつかれて槍玉に挙げられるイメージが浮かびました。小さな情報を前面に出して、巨大な闇の方を意識的に民衆の盲点に入れてしまおうという手法の犠牲者になるわけです。言葉によって覆い隠されるものがここにもあると気付かされます。
それらを経つつ連作は、言語と非言語のあわいに目を向け締めくくられます。
母親の腕に揺られて泣いていた言語をかたどるまえの文法
『京大短歌30』p.80
その風があなたに夏を思わせるまでの数瞬 意味の直前
『京大短歌30』p.80
とても美しいです。世の中には、本当は言葉にできないもの・言葉にしない方がいいものがたくさんあると、あらためて思いました(私も、これらの素晴らしい作品から読者が直接得るべき非言語の感覚を、私の言葉で先回りしてはいけないと思いながら書いています笑)。刺激される連作でした。
▶︎抜群に心地良かった連作3選
(1)「修飾活動」もやっしー
こんなにも行きたくないのに右手氏のエレベーターの操作鮮やか
『京大短歌30』p.33
寝起きだとどこまでが僕でどこまでがチャリなのかチャリ側も分からない
『京大短歌30』p.33
とても楽しくて、クスクス笑ってしまう連作でした。就職活動ということでいろいろとご苦労があるのだと思いますが、この連作は、忙しくてうんざりする現実を面白く「修飾」する明るいパワーに溢れていました。
せめてもの抵抗として昼飯の菓子パンを自作だと思い込む
『京大短歌30』p.33
涙ぐましい努力(笑)。
引っ越しの作業をしている皆さんを窃盗団だと思うとすごい
『京大短歌30』p.34
やはり最後に人を救うのは視点の切り替えとユーモアなのかもしれない、と思わせてくれた連作でした。
(2)「Fast Forward」ナカジマシン
いまみた夢を思い出せなくて Always with you. 5:12
『京大短歌30』p.59
完全におしゃれ。生まれも育ちもおしゃれな人が普通に書いた、という感じの力みのなさ。プロのコピーライターによる作品のようでした。1日の時間の流れを早送り(Fast Forward)のように描写した連作ですが、スタイリッシュでとても心地良かったです。
ダンシング・ウィズ・ユー 彼女は南に帰り秋が3日進んだ
『京大短歌30』p.59
交差点の煤けた本屋に積んであるおよそ100円くらいの思想
『京大短歌30』p.60
もっと違う名前がよかったのとわめく プラットホームに残された夏
『京大短歌30』p.60
また、全く同じ歌(下記)が10番目と最後(15番目)に2度収録されているのですが、この繰り返しが不思議と読み手に物語を作らせるところがあって、とてもよかったのも印象的でした。
未来なんてアシンメトリー、間違ってあすは朝から晴れ間が広がる
『京大短歌30』p.60
(3)「帰りみち」齊藤ゆずか
靴紐を結び直して濡れた葉の匂いに秋の終わりを思う
『京大短歌30』p.75
いつも曇りだった気がするふるさとへ「帰る」と口にすればふるさと
『京大短歌30』p.75
一人暮らしの家を一旦離れ、実家へと飛行機で帰省する作者。今住んでいる街への愛着と帰省する嬉しさが、クリスマスやお正月、冬の空気の清さとリンクして描かれていきます。
焼き鳥でクリスマスイブひとりではどこかがずれてゆく祝いごと
『京大短歌30』p.75
かたむけば窓から遠く粉糖を塗したようなミニチュアの冬
『京大短歌30』p.76
リビングに出しっぱなしのクリスマスツリーがあっておかえりを聞く
『京大短歌30』p.76
私は今は親の立場なので、帰る側と迎える側の両方の気持ちで読めます。どちらも嬉しいものですよね。家族と一緒の温かいお正月が想像されて、こちらの胸もほっこり温かくなりました。
▶︎今号で一番インパクトのあった作品
籔内亮輔さんの連作「わたしはいない」から、以下の作品を挙げたいと思います。圧倒的迫力でした。愛する人との別れを題材とした連作の、ピークにくる作品です。
どこまでも街への雨のめった刺しそれでは足りない、足りないんだよ
『京大短歌30』p.107
連作が出だしから、悲しくて、激情すぎて、こわいです。二人に一体何があったのか詳細は描かれていませんが、ただならぬ様子です。あまりに激しいので、お相手が生きているのか死んでいるのか混乱&心配。でもそのあたりはどちらでもよいほどの鬼気迫る表現に圧倒されました。その中で上記の歌は、本当に刺されるようなインパクトがありました。この連作はとにかくすごいので、まだの方は是非お読みください。ご自分の感覚をご自分で確かめていただきたいと思います。
そうは言っても、どれを読んでも全部面白かった『京大短歌30』。お正月休みにめちゃくちゃおすすめです!是非ご入手ください♪
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