自筆短編 「砂に埋もれた神話」
砂に埋もれた神話
考古学の権威である中原重六さんは私の父方のおじいちゃんの兄にあたる大叔父で、私が幼い頃に何度か重六さんのおうちに行った事があった。
重六さんの家は伊豆高原にあって、私達は東京から車で向かう道中の海沿いの道が大変気持ち良く感じたのを覚えている。
私の記憶では8歳の頃と12歳の時で二度ここに来ている。
重六さんは以前は都内で大学の客員教授をされていたり学会や研究で伊豆の自宅にはほとんど帰らず生活をしていたので私達の家へは時々きていました。よく遊んでくれたり話してくれたので優しい印象がありました。
それで私は今もおじいさまとよんでいまして
伊豆に行くのも楽しみでした。
一度目は夏休みを利用して伊豆観光を予定しておじいさまの家に滞在しました。
二度目はおじいさまが79歳で元々の持病が悪化して先が長くないと知らせがあって父と二人での訪問でした。
その二度目に会いに行った時の話しだ。
おじいさまの家は135号線で伊豆高原の小さなテーマパークが幾つか出てきて城ケ崎入口を通りすぎてから右手に曲がってすぐにある別荘地、
広い別荘地で入口にゲートがあり、左右に紫陽花が青や紫に色づいていて道の周りも落葉樹が綺麗に等間隔に植樹されていた。
中原重六の家はそんな並びにある洋館、門扉から美しい芝生の前庭が広がり、庭に面して窓が二面縦に小さなデッキまで下に長く延びていて、その窓の間からデッキ、そして庭に出られる様になっている。
門前に私達が到着した時におじいさまがデッキに立ち、こちらに手を上げて太陽の日差しの中微笑んでいる様は不思議と少年の様にみえた。
室内も玄関から上がるとペルシャ絨毯が敷かれていて扉を開けると広々としたリビング、その一面に先ほど外から見た二面の長い窓とデッキに出るガラス扉、そしてそのリビングの面積だけが二階まで吹き抜けており、上を見上げ、玄関側上部に木製の手すりが一面並んで廊下となってその先に各部屋がある。
二階には三部屋あり、階段を上がり左手に二部屋続き、突き当たりに一部屋。
一つ目だけガラス戸で中がみえるおよそ15畳ほどの広い部屋で重六の発掘した品々が並ぶ展示室になっていて、その先には2つ部屋があり、客室、そして突き当たる扉が重六の寝室となっている。
私は展示室に行くのを楽しみにしていて、到着後すぐに入って、じっくり眺めていた。
土器の様な物から化石、鉱石、絵巻や書簡、遺跡発掘に使った遺跡の全体模型、古い地図などがガラスケースに入って壁に全面展示されている。
胸を高鳴らせながらくいるように見ていたらおじいさまが入ってきて隣に立って、
「どうだ。面白いかね?」
私は頷く。
おじいさまはこう説明してくれた。
「本当に国の宝になる様な物は私達発掘者はもらう事は出来ないから、それぞれの国や自治体の所有になるんじゃ。だけど、そこまでの物でなく、研究が済んだあとこうやって後から発掘者へ寄贈して下さる場合もあっての、それで集まったのがここにある品々なんじゃよ」
私は聞き入る様に立ち尽くしていたが、ふと真ん中あたりに小ぶりなガラスケースそれだけが何も入っていない事に気づいておじいさまにそれを尋ねた。
おじいさまはこう答えた。
「あぁ、そこにはな、わしにとって一生忘れられない物が入っておったんじゃ」
私がさらに尋ねると
「ここに大切に保管して、翌日には名古屋の研究室へ配送する予定でおったのじゃが、翌朝にな、なくなっておった。本当に不思議でのう、この話しはまた夜にでも聞かせてあげよう」
そしておじいさまに連れられて一階に降りていった。
私達はのんびりと過ごし、夕食にはシェフを呼びリビングにてフランス料理を皆で食べて、
父も重六の快活な姿に驚き、度々病気の事を気にかけていた。
そして夕食も終わる頃、父は仕事の連絡が入り、急遽小田原での会合に行かねばならない事となり、家を出た。
明日の昼前には戻ってくるという事だった。
お風呂を済まし寝間着姿で私はまた展示室に行った。
おじいさまもお風呂を終えてシャツの上に茶色のカーディガンを羽織る格好で部屋へ入ってきた。
お手伝いさんが椅子を2つ運んできて、すみに置いてあった丸テーブルを間に置き、温かい紅茶とポットをセットして、それでは今日はこれでと言って帰っていった。
「さぁ、それじゃあ昼間の話しを聞かせよう。座りなさい」
そしておじいさまは語りだした。
それは途方もない遥か昔の物語であった。
わしがまだ50歳の事じゃ、トルコのザグロス山脈での発掘現場で、何ヵ月も発掘しておった時にな、腐食した木箱を見つけての、その中に原稿用紙くらいの紙きれが30枚程束になって革で出来た今でいうバッグの様な物に入っておったんじゃ、他にも幾つか採掘品と合わせて日本に持ち帰ってきての、その革製の入れ物と中身だけは名古屋の研究所に持っていく為にわしが車でここまで持ち帰ってきたんじゃ、帰ってきたのはもう大分遅い夜での、長い発掘の帰りで疲れておったんじゃが、なんとなく気になって、そっと中身を取り出して、その紙に書かれた文章を読んだんじゃ。それはギリシャの古代文字で書かれておったのじゃが、
バビロン帝国の繁栄と没落
私は予期している。
それをここに記す。
紀元前1700年
その日特別な実験が行われた。
兼ねてから研究してきた原子炉のエネルギーを使って物を浮遊させる実験だ。
一部の人間しか知らないエネルギー研究用の建物と、アルーハック区域に自然原子炉がある。
国王が長年の領土争いの果てに、より強い力を手に入れる為に、より安全な暮らしをする為に、物や地上をもっと空高くに押し上げていけないのだろうかと、そんな考えのもと収集された私達はそのプロジェクトの研究者であった。
核エネルギーを使う事で何が出来るのか、それは研究を進めるにつれ、加熱して火の矢の様な武器にもなり、何かを温める事も出来て、おそらく空に物を飛ばす事も可能であるという研究結果が出てきていた。
そして今日、5メートル程の岩を浮遊させる実験が行われた。
この先は擦りきれて薄れていて文字が読み取れない。
研究者の日記である様だとわしは思った。
ページを捲っていき、所々読み拾った。
「世界が一変するだろう」
「神にもなれるだろう」
「あの月にさえも手が届く」
「危険な領域に入ってしまうのではないか」
物理学者と哲学者が意見の主張が同じで、符号するのだと私は感じた。その続けていた主張は端的に言えばこうであった。
「人間は土を離れては生きてゆけない」
おじいさまは断片的な記憶を辿り、自身の解釈を交え話し続けた。
途方もない話しを聞いていて、胸の高鳴りと、熱を帯びた辺りの空気が身体に入ってきて支配していながら怖くもあり冷えた鉄の様な不思議な時間だった。
私もおじいさまの話してくれた内容をこれ以上は憶えていない。
その翌日、夜更かしをしてしまったせいか目覚めるのが遅く、昼前になってやっと下の階に降りていくと、お手伝いさんが来ていて、慌ただしく電話をかけている。
他に誰もリビングにいなかったので、嫌な予感がしておじいさまの寝室に駆けていき扉を開けると、そっと寝ている様なおじいさまと、傍らには父が座っておじいさまの手を握っていた。
「おじいさまは天国にいってしまったよ」
涙を流しながら父がそう言いました。