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自筆連載 「令和黒蜥蜴」1

令和黒蜥蜴 一幕

ここはY県某所の湖畔に立つコテージ。
最近流行りの近隣の民家から距離を取った、占有地の小路を入った先に佇む一棟貸切の建物。
森の静寂の中一軒ぽつりと灯りが煌々と光っている。
見上げると光る砂を散らした様な一面の星空。
都会のそれとは全く違う輝く夜空だった。
コテージの前に広い芝庭がありいくつかの木々に吊るされた照明が辺りを明るくさせている。
そこで若い男女のグループがバーベキューに興じていた。
コンロに付いて立ち焼き物を皿に盛り仲間に手渡している者や、談笑している者、星空を見上げて星座の話しをしている者、おそらくは大学の集まりなのだろうと見える所謂若者達。
笑い声が波を打つ様に静寂の中響いている。
その群れの中にいて一際美しい白く透き通った女が一人、大きな瞳に反射する光、痛みを知らない黒い肩まで広がる髪。その余りある美貌の伸びた手の平に持っていたソーダ割りの缶をそっと置いた。
男達はそれぞれの挙動や会話をしていながらも、彼女の一挙一動の仕草を実は観察していた為にある一人がすぐにこう言った。
「おかわり飲む?」
彼女は美しい微笑みで、
「ううん、お手洗いに行ってくる」
後ろに振り向く瞬間の髪の風に揺れる姿さえも見逃すまいと皆が目線を集める。

彼女は暗がりの中を歩き、室内に入る。
コテージのリビングの右奥にあるトイレのドアを開けると、そこには黒ずくめに黒い頭から被ったマスクをつけた男が立っていた。
彼女が驚く表情に変わるとほぼ同時に素早く口元にハンカチを押し付けられて、
そして意識を失った。

その後、友人達が彼女が戻らない事に気がついてコテージを見に行ったが彼女の姿はどこにもない。周りの森を探しても見つからない。
警察へ通報するも、いつまで経っても犯人が上がる事はなかった。
不思議な事に近隣の不審者の目撃情報は一切出てこない、足跡や痕跡も全くない。
最終的には仲間達に疑いの眼が向き始めたが、結局迷宮入りとなってしまった。

誘拐の翌日
N県山中の邸宅

その洋館は広大な敷地を有しており、守衛の付いたゲートをくぐると森の中を進み、その先に車止めが円形に広がっている。
その中のある一室にて、
天蓋付きベッドで彼女は目を覚ました。
夢をみているのだろうか、状況が飲み込めない。
まだ朦朧とした意識の中で部屋を出る。
広い空間のお城の様なインテリア、ステンドグラスの照明が眼に眩しい。
高い天井。
中央に階段があり、金色の縁に紺色のカーペットが続いている。
突き当たりから左右にまた階段がある。
その中央踊場に、後ろの大きな森を描いた絵画を背景に背の高い紫のドレスを着た男性が立っている。
照明に照らされているのだろうか。
その姿は、その姿の周りは光に包まれてみえる。
明らかに女性物のドレスではあるが短髪で黒髪、ワックスで後ろに流している様は男性だとすぐに判別できる。
少し掘り深い男性的で、中世の貴族を思わせる雰囲気でありながら、大戦中の日本軍の幹部の様な精悍な顔立ちとも思える。
ドレス姿にも関わらず軍人の様にこちらを見下す様な鋭い眼は、しかしそれは不思議な事に眼を細めている慈愛の表情にもみえる。
そして大仰に両手を広げてみせる。
「やや、お目覚めね、お姫様」
彼女はやや後ずさり、
「なんなんですか?帰ります」
彼女が後ろに振り向くと同時に黒蜥蜴が「蜘蛛共!!!」と声を発した。
後ろの扉に向かって数歩進んた途端に両側から先ほど同様の黒マスクの男達が二人現れて両手を押えてしまう。
また階段のほうへと、黒蜥蜴へと向き直る。
「あらあら、姫、ようこそ我が洋館へ。もう諦めなさい。もう貴女はここから出ては行けません。一生ね」
その微笑みはとても爽やかな優しい、親が子を諭す様な表情であった。
「もう諦めなさい。レイちゃん」

それから数ヶ月後

同洋館の地下室
そこには一面のガラスケース
底面には照明に照らされて美しく光る芝生が敷かれていて、背面にも吊るされた草花が至る所に飾られている。
そのガラスケースには2m間隔でマネキンが陳列されている。
一見すると高級ブティックの店頭の様であるが、
驚愕すべきはそれらはマネキンではなく、全て人間の剥製であるという事である。
それらの剥製のひとつ、その足元に「rei」と書かれたプレートが置かれている。
黒のイブニングドレスを着て、指には大きな宝石の指輪、今にも動き出しそうな程の瑞々しさを感じる。
その地下室の扉が開く。
入ってきたのはきらびやかなドレス、それはノースリーブの真紅のドレスを着た「黒蜥蜴」である。
剥製を一つ一つ恍惚とした表情を湛えて眺めていく。
「rei」の前に立った時、黒蜥蜴はこう呟いた。

美しい。貴女は永遠の美貌を手に入れました。
貴女はもう老いる心配もない、生きていくなんていう醜い苦労も何もかもが無い、止まった時の中で、ここで永遠に私を魅了し続けるの。
素晴らしいわ。
おめでとう。

ああ、それにしてもなんて美しいのでしょう。

黒蜥蜴の露出している左の肩に黒い蜥蜴の刺青がみえる。
奇妙だが、その黒い蜥蜴は、
黒蜥蜴と呼ばれている男の腕の中を、
上下左右に微かに、這う様に動いていた。


「文豪」江戸川乱歩に敬意を込めて

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