モールへ、光(千字戦①)
そのショッピングモールはどこからも遠い場所にあり、買い物客の来訪をみずから拒んでいるようだった。
最寄り駅から徒歩30分かかり、二番目に近い駅から徒歩50分かかる。バスはない。周囲にある国道から流れ込んでくる乗用車のみに門戸を開く、直方体の堅牢な砦。
私はそのモールで、ある映画が見たかった。なんの映画だったかは重要ではない。見てどうなるわけでもない。それでも、私はそのモールで、ある映画が見たかった。
徒歩30分の道のりを、右手にガラケー、左手にオリエンテーリング用コンパスを持って歩む。
どこまでも田畑が続く、なんの特徴もない場所。遠くまで見渡すことができるのに、ショッピングモールの影はどこにもない。
地図が教える通りに歩いてゆく。モールはない。道がある。高架線がある。国道沿いにドラッグストアがある。しかしモールだけはない。
それでも、地平線の向こうに透明なモールを投影し、ある、ある、と念じながら歩く。
頭のなかでその念の圧力に負けたのか、モールは直方体から球体へと流動体のように変形し、爬虫類のような形になり、気まぐれにいくつかの形状をとってみせた後、いつしか光そのものになった。
夜になり、ついにたどりついたモールは、脳内のモールほど、眩く輝いたりはしていなかった。
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