犯罪者の老後はみじめだ。 年金をきっかり納めている会社員とは違い、老後の保障などない。 従ってそれぞれの生業を年老いても続けざるを得ないのだが、犯罪者も人間である。歳をとれば腕もにぶる。お縄にかかる確率も高くなる。 晩年を、刑務所の冷たい寝床で過ごす羽目になる者も少なくない――。 九藤[九藤 ルビ くどう]は暗い考えを振り払おうとした。が、商店街のショーウインドーに映る還暦手前の自分の顔を見ると、ずるずると老いについての思索に引き戻される。気分を変えるために、対岸の
がん、がん、がん。 雷鳴のような音が店の正面から響き渡った。何者かがシャッターを叩いている。 鳴るはずのない音だった。壁掛け時計の短針はすでに午前零時を通過している。閉店時間はとうに過ぎていた。 黄川田はレジの奥に突っ込んでいた手を引っ込め、消灯した店内を見渡す。 大小さまざまな酒瓶が、コンビニ風の狭い空間に何百と並び、その表面に何百もの小男の顔をおぼろげに浮かび上がらせている。自分の顔だとわかっているのに、亡霊と目が合っているような気になる。 「誰だ?」 か細い
そのショッピングモールはどこからも遠い場所にあり、買い物客の来訪をみずから拒んでいるようだった。 最寄り駅から徒歩30分かかり、二番目に近い駅から徒歩50分かかる。バスはない。周囲にある国道から流れ込んでくる乗用車のみに門戸を開く、直方体の堅牢な砦。 私はそのモールで、ある映画が見たかった。なんの映画だったかは重要ではない。見てどうなるわけでもない。それでも、私はそのモールで、ある映画が見たかった。 徒歩30分の道のりを、右手にガラケー、左手にオリエンテーリング用コン
一台の卓球台が、隅にある自動販売機の冷たい白光を受け、ぼんやりと暗闇から浮かび上がる。 殺風景な部屋だった。あるのは卓球をするのに必要最低限の設備と空間。 ――そして大きなずた袋がひとつだけ。 「おい、出ろ」 猪原は眼下にある袋を、思いきり蹴りつける。人体の弾力と生暖かさが、シューズ越しに伝わってきた。 ずた袋は衝撃でごろごろと転がり、最終的に中身をぺっと吐き出した。目蓋の上から血を流した雨宮が、荒い息を繰り返しながら周囲を見回している。 「猪原? どこだ、ここは?