横道逸太朗(ヨコミチソレタロウ)

ハードボイルドについて考える人。Youtubeとポッドキャストでハードボイルド系批評番組「ハードボイルド60分1本勝負」を配信中。

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最近の記事

盗人と喫茶店(BFC6二次選考通過作品)

 犯罪者の老後はみじめだ。  年金をきっかり納めている会社員とは違い、老後の保障などない。  従ってそれぞれの生業を年老いても続けざるを得ないのだが、犯罪者も人間である。歳をとれば腕もにぶる。お縄にかかる確率も高くなる。  晩年を、刑務所の冷たい寝床で過ごす羽目になる者も少なくない――。  九藤[九藤 ルビ くどう]は暗い考えを振り払おうとした。が、商店街のショーウインドーに映る還暦手前の自分の顔を見ると、ずるずると老いについての思索に引き戻される。気分を変えるために、対岸の

    • 開いている、と聞いた(千字戦②)

       がん、がん、がん。  雷鳴のような音が店の正面から響き渡った。何者かがシャッターを叩いている。  鳴るはずのない音だった。壁掛け時計の短針はすでに午前零時を通過している。閉店時間はとうに過ぎていた。  黄川田はレジの奥に突っ込んでいた手を引っ込め、消灯した店内を見渡す。  大小さまざまな酒瓶が、コンビニ風の狭い空間に何百と並び、その表面に何百もの小男の顔をおぼろげに浮かび上がらせている。自分の顔だとわかっているのに、亡霊と目が合っているような気になる。 「誰だ?」  か細い

      • モールへ、光(千字戦①)

         そのショッピングモールはどこからも遠い場所にあり、買い物客の来訪をみずから拒んでいるようだった。  最寄り駅から徒歩30分かかり、二番目に近い駅から徒歩50分かかる。バスはない。周囲にある国道から流れ込んでくる乗用車のみに門戸を開く、直方体の堅牢な砦。  私はそのモールで、ある映画が見たかった。なんの映画だったかは重要ではない。見てどうなるわけでもない。それでも、私はそのモールで、ある映画が見たかった。  徒歩30分の道のりを、右手にガラケー、左手にオリエンテーリング用コン

        • 壁打ち

           一台の卓球台が、隅にある自動販売機の冷たい白光を受け、ぼんやりと暗闇から浮かび上がる。  殺風景な部屋だった。あるのは卓球をするのに必要最低限の設備と空間。  ――そして大きなずた袋がひとつだけ。 「おい、出ろ」  猪原は眼下にある袋を、思いきり蹴りつける。人体の弾力と生暖かさが、シューズ越しに伝わってきた。  ずた袋は衝撃でごろごろと転がり、最終的に中身をぺっと吐き出した。目蓋の上から血を流した雨宮が、荒い息を繰り返しながら周囲を見回している。 「猪原? どこだ、ここは?