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コミュニケーションを取るのは、コストがかかる

正直に言って彼が苦手だった。

現在、週3日、お昼ごはんを一緒に食べているフランソワのことである。以前、お父さんの使用人が住んでいてその後何年か空き家となっていた、かの一軒家を貸別荘とするために、改装工事を手伝いに来てくれている人だ。



彼は電力会社を退職後、電気配線関係の工事を主にさまざまな大工仕事を受け持つ、いわば便利屋さんの仕事をしている。生涯独身で、両親が亡き後に引き取った、知的障害者の弟と2人で暮らしているのだけれど、日中は弟も外に働きに出ているため、独りで家にいても退屈だということもあるだろう。もらっている年金は決して悪くないだろうから、彼にとってはちょっとしたお小遣い稼ぎといったところ。

だから、作業代は安くしてくれるのだけれど、彼側の事情もあって1日がかりの仕事の場合は、お昼を提供することになる。数年前に何回か、我が家の改装工事を手伝ってくれたことはあるのだけれど、ちょっと神経質なところがあり、かなり短気。作業中、何かうまくいかないことがあると、独りで怒鳴っているのが聞こえてきて、私に対してではなくても、あまりいい気はしない。

さらにせっかちな性格で、例えば壁付けの照明をどの高さにつけるかなど、即答しないとすぐに苛立ってしまう感じ。しかも、「他の家で一度こうしてと言われた後に、やっぱり変えて欲しいと言われたから、キレて出て行った」なんて話を聞いたものだから、家人のファンファンと2人でビビってしまう。下手にこの人は怒らせてはいけないと、指示を出すこっちが恐縮する。しかし、私たちがお金を払う側なのに、彼の機嫌を取って気を遣わなくてはいけないなんて、何だかあべこべである。

だから、改装工事をフランソワに手伝ってもらうという話を、ファンファンから聞いた時は、私は断固として反対したのだ。そんな面倒な人ではなくて、もっと扱いやすい人がいいと。しかも、内装を考えるのは私の役目なのだから、長期に渡る工事の間、最低一回はフランソワと私がケンカをする羽目になりそうだ。でもファンファンとしては、安い方がいいに決まっている。こんなに安く仕事を受けてくれる人なんて他にはいないと、押し切られてしまった。

こうして、改装工事を進めること約4カ月。結局、お昼ごはんは週3回の時もあるし、週1、2回の時もあったりするけれど、毎週顔を突き合わせて食事をしている。出来るだけ揉め事を避けようと、すべての部屋の測定をして間取り図を書き、どこにコンセントをつけるかなどの詳細な指示を書き入れた図面を用意して渡す。仕事を邪魔されたくないというフランソワの意向に従い、作業中の現場に私は行かない。もちろん、図面通りに行かないことも多々あるわけで、その場合はお昼ごはんの時に3人で相談することになる。

ファンファンが言うには、やはりフランソワは仕事中に苛立つことも多いらしいけれど、お昼にしか会わない私にとって彼は平穏そのもの。性格が丸くなったんじゃないかと思うほど、工事に関する話し合いの時も、ちゃんと私の言い分を聞いた上で、最善の方法を探そうとしてくれているのが分かる。実はフランソワって、結構いい奴だったのだ! 

いや~、びっくりである。

時々、フランス人にはこういう人がいるのだけれど、よく知らない相手には愛想もそっけもなく、よく知っている相手にはめちゃくちゃ親切だったりする人。私たちもフランソワのことはよく知らなかったけれど、もちろんフランソワも私たちのことをよく知らなかった。だから、身構えていた部分がお互いにあったのだけれど、毎週お昼ごはんを食べて話をする間に、相手がそんなに嫌な奴でもないことが、お互いに分かったわけだ。

「同じ釜の飯を食う」とはまさに言い当て妙である。フランス語でも友達という意味の「copain」は、「パンを分かち合う」というラテン語が語源となっている。もちろん、私たちも我が家に仕事に来る人すべてに、ご飯を提供するわけではない。そして、ご飯を一緒に食べなくとも、普通に仕事をしてくれる人はもちろんいる。そんな相手でも、ファンファンはコーヒーやビールを出して、ひとしきりおしゃべりに興じる。ファンファン自身が、口から生まれてきたようなおしゃべり好きだというのはあるけれど、彼のコミュニケーション能力が、物事を円滑に運ぶのに役立っていることは確かだ。

私自身はファンファンほどおしゃべりではないし、そんなことに費やす時間はもったいないとさえ思ってしまう。でも、そもそもコミュニケーションを取るのは、コストがかかることなのだ。人との関係は一朝一夕では作れないし、仕事上の相手ならば、お金を払うだけですべてがうまくいくとは限らない。特に何か問題があった場合には、コミュニケーションが取れている相手の方が、解決はよりスムーズになる。また、好感を持っている相手には、より丁寧に仕事をしようとするのが、人情ではないだろうか。特にお金のためだけに仕事をしているわけではない、フランソワのような人ならばなおさらだ。そして誰もがファンファンのように、すぐに誰とでもコミュニケーションが取れるわけでもない。

となると、相手がやる気を出して仕事をしてくれるためにも、料理を作るなんてお安い御用である。仕事の仕上がりがいいものになるのならば、コミュニケーションに費やしたコストは、最終的に回収でき、実はコストダウンにもつながる。よく分かり合えないまま、相手の態度に緊張してやり取りを続けるよりも、精神的にもいいというもの。コミュニケーションを取っておくことは、実はお互いに機嫌よく生きるための秘訣でもあるのかもしれない。

そんな改装工事は、今週で一段落である。一旦、タイル張り業者にバトンタッチし、フランソワは床にタイルが張り終わった頃に戻って来る予定。労いの気持ちもあって、ファンファンがムール貝を買ってきてくれたから、我が家では珍しく魚介料理となった。となると飲みたくなるのは白ワインで、その日のお昼ごはんはいつもよりゆっくり、ワインを飲みながら食べた。

「そうか、じゃあ来週はお昼ごはんを食べに来ないのね」と私が聞くと、フランソワは「おしまい、おしまい。もうここには仕事に来ないよ」と真顔で答える。果たして本気なのかどうなのか、でも彼ならばあり得ると、二の句を継げないでいる私とファンファン。

そんな彼はニヤリと笑い、こっそり私にウインクをした。







彼は電力会社を退職した後、電気配線関係の工事を主にさまざまな大工仕事を受け持つ、いわば便利屋さんの仕事をしている。生涯独身で、両親が亡き後に引き取った、知的障害者の弟と2人で暮らしているのだけれど、日中は弟も外に働きに出ているため、独りで家にいても退屈だということもあるだろう。もらっている年金は決して悪くないだろうし、ちょっとしたお小遣い稼ぎといったところ。


だから、作業代は安くしてくれるのだけれど、彼側の事情もあって1日がかりの仕事の場合は、お昼を提供することになる。数年前に何回か、我が家の改装工事を手伝ってくれたことはあるのだけれど、ちょっと神経質なところがあり、かなり短気な性格。作業中、何かうまくいかないことがあると、独りで怒鳴っているのが聞こえてきて、私に対してではなくても、あまりいい気はしない。


さらにせっかちな性格で、例えば壁付けの照明をどの高さにつけるかなど、即答しないとすぐに苛立ってしまう感じ。しかも、「他の家で一度こうしてと言われた後に、やっぱり変えて欲しいと言われ、キレて出て行った」なんて話を聞いたものだから、家人のファンファンともども、ビビる。下手にこの人は怒らせてはいけないと、指示を出すこっちが恐縮してしまう。しかし、私たちがお金を払う側なのに、彼の機嫌を取って気を遣わなくてはいけないなんて、何だかあべこべである。


だから、改装工事をフランソワに手伝ってもらうという話を、ファンファンから聞いた時は、私は断固として反対したのである。そんな面倒な人ではなくて、もっと指示を出しやすい人がいいと。しかも、内装を考えるのは私の役目なのだから、長期に渡る工事の間、一度くらいフランソワと私がケンカする羽目になりそうだ。でもファンファンとしては、安い方がいいに決まっている。こんなに安く仕事を受け持ってくれる人なんて他にはいないと、押し切られてしまった。


こうして、改装工事を進めること約4カ月。結局、お昼ごはんは週3回の時もあるし、週2回の時もあったりするけれど、毎週顔を突き合わせて食事をしている。出来るだけ揉め事を避けようと、すべての部屋の測定をして間取り図を書き、どこにコンセントをつけるかなどの詳細な指示を書き入れた図面を用意。仕事を邪魔されたくないというフランソワの意向に従い、作業中の現場に私は行かない。もちろん、図面通りに行かないことも多々あるわけで、その場合はお昼ごはんの時に3人で相談することになる。


ファンファンが言うには、やはりフランソワは仕事中に苛立つことも多いらしいけれど、お昼にしか会わない私にとって彼は平穏そのもの。性格が丸くなったんじゃないかと思うほど、工事に関する話し合いの時も、ちゃんと私の言い分を聞いた上で、最善の方法を探そうとしてくれているのが分かる。なんと、実はフランソワって、結構いい奴だったのだ! 


いや~、びっくりである。


時々、フランス人にはこういう人がいるのだけれど、よく知らない相手には愛想もそっけもなく、よく知っている相手にはめちゃくちゃ親切だったりする人。私たちもフランソワのことはよく知らなかったけれど、もちろんフランソワも私たちのことをよく知らなかった。だから、身構えていた部分がお互いにあったのだろうけれど、毎週お昼ごはんを食べて話をする間に、相手がそんなに嫌な奴でもないことが、お互いに分かったわけである。


私たちにとって一定期間、他人と食卓を共にするのは、これが初めてではない。数年前に我が家の中庭に石畳を敷いた時は、なんと1カ月半、ポルトガルから来た職人と弟子の2人と一緒に過ごした。フランス人の職人に頼むよりも安いため、知人からの紹介でわざわざポルトガルから来てもらったのだけれど、まさに寝食つきで雇ったわけである。


彼らが寝泊まりしていたのは、現在工事中の家だったから、同じ家の中にずっと一緒にいるよりはマシだったけれど、問題は食事である。朝の8時に仕事を開始するために、牧草地を横切って彼らが我が家に来るのが7時45分。まだ寝ている私の横でファンファンが起きて、朝ごはんを用意。11時頃になると、一時休憩でパンにハムやパテをのせた軽食を食べる。その後、お昼ごはん、夜ごはんを毎日、用意しなくてはいけないのである。


世の中は夏のヴァカンスで、ファンファンはパリの仕事はお休み。しかし、石畳を敷く手伝いもするし、果実の収穫もあるし、毎日何かしら仕事をしていた。私も自分の仕事が忙しい時期で、みんなが休みの日曜日でさえ、独りで仕事をしている始末。さらにパリから友達が1週間も滞在していくし、夜ごはんは近所の友達も食べに来るわで、食事を作る量は増える一方。今思い出すだけでも、よく乗りきったと自分でも感心する。


何といってもポルトガル人2人が、明るく働き者だったことが、一番大きい。親方のペドロは40歳前後で、フランス語はできるけれどおしゃべりではなく、でも実直な感じが顔にも出ている。弟子のジョゼは19歳で、今どきの若者そのまま。最初はフランス語に四苦八苦していたけれど、持ち前の明るさでファンファンと意気投合。だから毎回の食事の時間はとても賑やかなものだった。


ちゃんと朝8時に仕事を始めるし、日が長い夏のため、仕事に区切りがつかない日は夜9時近くまで作業をしている。その夏は、幸いにして作業を中断しなくてはいけない雨の日があまりなかった代わりに、30℃を超す真夏日も多かった。ポルトガルの方が暑いとはいえ、炎天下の作業は大変だったに違いない。10㎝角の花崗岩をひとつずつ、手で埋めて行くのだからそれはもう、気が遠くなる作業なのだけれど、日に日に中庭が石畳で敷かれて行く様子は、見ているだけでワクワクする。


肉体労働だから、2人+ファンファンの食べる量もすごいけれど、ほとんど好き嫌いなく何でも食べてくれるのもうれしい。みんな機嫌よく、せっせと仕事をしてくれるのならば、料理を作るなんてお安い御用である。全員が全員やるべきことをやって、ご飯を一緒に食べ、日々がどんどん過ぎて行く。これはもう合宿である。だから、最後の石畳をはめ込んだ時は、みんなで歓喜した。私たちは力を合わせて、ひとつの仕事をやり終えたのだ!

「同じ釜の飯を食う」とはまさに言い当て妙である。フランス語でも、友達の「copain」は「パンを分かち合う」という意味のラテン語が語源になっている。

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