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6. 鳩はめちゃくちゃ☆耳がいい♪
航空公園の紫陽花が色濃くなり、空の色が不安定な季節となった。昼を回り、ほんの少しの間、青空と太陽が見えたが、すぐに暗い曇が湧き立ち、激しい雨がコンクリートを打ちつけた。傘を持たぬ人々は、走って帰路に着くか建物の中に避難する。雨に濡れたい、もっと遊びたいと騒ぐ子どもを叱りつけ、自転車やベビーカーに乗せて走り去る母親たち。
泥が跳ねる音を聞く。大地が潤い、樹木や草が成長するときのミシミシと鳴る音を聞く。私は子どもひろばのケヤキで雨宿りさせてもらいながらに彼──いや、彼女かもしれないが──ケヤキに、聞く。
「雨は嬉しいかい? 君は自分でエサを探しに行かなくてもいいから気楽だろう?」
ケヤキからの返事はない。
「なぜ君は、死ぬまで成長を続ける?」
返事はないとわかっていながら、私は聞く。返事がないからこそ、聞いてしまう。
「バカじゃない?」
同じにして雨宿りをしているスズメたちが私を見て笑った。
「どうとでも言ってくれ」
「バーカ、バーカ」
水溜まりに落ちたじゃがりこのカップを、閉じた傘で弄り回す女子中学生が2人いる。 2人はずぶ濡れになりながら真剣に何かを話し合っているようだったが、雨音とスズメたちのおしゃべりが邪魔して、うまく聞き取ることができない。唯一聞き取れた言葉は「死にたい」だった。
ショートヘアのほうが傘を振り上げ、じゃがりこのカップを打った。水溜まりがしぶきをあげ、彼女らの白の夏服にセピア色の水玉模様をつけた。
「気楽なものだね」
私は女子中学生に向かって言ったが、当然聞こえるはずがなかった。スズメたちの嘲笑が私の耳の奥でカラカラと渦が巻くのを聞いた。
雨が止むと、スズメたちは「サイナラッキョ」と言って、バカみたいに笑いながら、エサ探しに飛んでいった。
飛行機が雲を割る。また空に青が広がる。
「磯山は結局」と三つ編みのほうが口を開いた。「野口たちのこと、何もしてくれないよ」
泣き出した三つ編みを、ショートヘアが抱きしめる。
「でも、データさえ消せれば。私が、なんとか野口たちに言うから。だから、死にたいなんて言わないでよ」
「だから、何回も言ってるじゃん。消せないんだよ。だってもう、アイツらのあいだで拡散されてるに決まってる」
「されてないかもしれないじゃん」
「響子ちゃんには、わからない! アイツら、人間じゃない。悪魔だよ。悪魔がまだ、あれから1週間も拡散せずに1つのスマホに取っておくなんてすると思う?」
「わからないけど、でも……」
三つ編みはショートヘアの腕を解いた。
「ありがとう。今日はもう帰る」
そう言うと、三つ編みはとぼとぼと歩いていった。
「送るよ?」
ショートヘアが後ろ姿に声をかける。
「いい。ひとりで、帰りたい」
「私、しずかっちの味方だから」
しばらくして、響子はトイレに入った。私はあとを追い、彼女が入った個室の中を、戸の上に立って覗いた。響子のスマホの画面には、さっきの三つ編みの女が男子生徒たちに脱がされ、泣き叫んでいる姿が映っていた。
響子は便座に座り、その画面に優しい口づけを何度も繰り返した。
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