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【短編】堕泳(原稿用紙換算30枚)

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生を諦観しながら死に憧れを抱く母親のとある一日。
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短編小説 ー 堕泳(1/2)

 ある曇った秋の夕暮れ、トラックに突っ込んで死ぬところだった。それから三日か四日が過ぎていた。私はスイミングスクールの観覧席から、ビート板を持って懸命にバタ足する四歳の娘を眺めていた。  普段は月曜と木曜に来ているけれど、欠席してしまった分の振替を使って土曜日に来た。   観覧席は節電のため照明が落とされ、午前中といえどもどんよりと暗い。また、平日と違って人が多く、ガヤガヤうるさい。いたるところに【感染対策のため黙覧をお願いします】の紙が貼られていたが、それは黙殺された状態に

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短編小説 ー 堕泳(2/2)

 レッスンを終え、少しの間、娘を公園で遊ばせた。スイミングスクールからすぐの公園だから、プール帰りの子も何人かいた。広場には下品な言葉を叫びながら楽しげにサッカーをしている男子小学生がいた。観覧席で聞いた外からの声と同じだった。  娘は雲梯をするから見ていてほしいと言って、私にスクールバッグを持たせて一直線に駆けていった。私はお腹が張り始めていたから、ベンチに掛けて娘の様子を見守った。 「ねえ、ママ! 見て!」 「おお、すごい。二歩進んだ。次、三歩進もうか」 「いい。やらない

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