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還暦エイジング日記①朝鮮人参が必要なお年頃

 猛暑が終わり、急に寒くなった。朝方は特に冷え込み、日曜には冷たい雨が降った。日中は日が照ると暑いぐらいだから、お茶の稽古には単衣で行こうと吊るしておいたが、突然の寒さに袷を着ていった。それなのに・・・。
 師匠宅は青山にありながら数寄屋造りの日本家屋で、稽古で長い間お茶室に座っていたから冷えてしまったか、頻尿で膀胱に違和感を感じるようになった。排尿時に痛みを感じるわけではないから、いわゆる膀胱炎ではない。しかし、たびたびトイレに行きたくなるのと、膀胱がゴロっとする感じで、たまにかすかな痛みもあった。
 医者に行くほどではないから、渋谷の裏路地にある薬局に寄り、症状を話した。昔からある薬局だが、寄ったことは数回しかない。いつも空いていて、というか客は一人もおらず、入りずらいことこの上ない雰囲気なのだ。  この日も、一人おばさんが店に座っていたが、客ではなさそうだった。
「すみません・・・」
 と、そのおばさんに声をかけると、
「どうしました?」
  と奥から白衣を着たおばさんが出てきた。瘦せていて、しかし元気な七十代ぐらいの薬剤師だ。
「昨日から頻尿で膀胱が・・・」
「おしっこするときツンとする?」
「いやそれはないんだけど、たびたびトイレに行きたくなって、奥の方に微妙な痛みがたまに出ます」
「あ、それは猪苓湯だわ」
 と、水色の箱を取り出した。2050円と値段が貼ってある。これは、高いのか安いのか。
 大手ドラッグストアに行き、テレビでCMをやっているボーコレンという漢方薬を買おうとも思ったが、やはり薬剤師に相談してからの方がいいと、個人薬局を選んだ。駅に近く、呑み屋が林立するエリアだ。
「その前にこれ飲んでみない?」
 と、カウンターに並ぶドリンク剤を勧められた。
「こ、これは・・・」
「朝鮮人参のドリンク」
「あ、人参・・・」

 猛暑で疲れが出た九月、初めて朝鮮人参サプリに助けられた。朝鮮人参は年を取ってこそ効果が感じられるものだから、若い人はもったいないから飲むものではないと言われている。さらに私の場合、子宮筋腫がある。朝鮮人参はそれを大きくしてしまうから禁忌とされていた。
 しかし、閉経から五年。筋腫自体小さくなっているはずだし、還暦を迎えた今こそ、と思い飲んでみた。すると、するすると疲れが取れていき、秋花粉に咳き込んでいたのも治った。一週間飲んで、やめるとまた疲れが戻ってきたから、また一週間飲んだ。そうこうしているうちに暑さが去り、急な冷え込みが襲ってきた。

「飲みます」
「じゃこれをお湯割りにして、いますぐ猪苓湯飲んで」
 薬剤師は奥から紙コップに入ったお湯を持って来て、ドリンク剤を割ると、薬とともに差し出した。
「これで飲んじゃっていいんですか?」
「うん、ぐっと行っちゃって」
 なんだか、薬局じゃないみたいな怪しさだ。
「治す力が弱ってるから、人参飲むと効くんだよ」
 それなー、と、私は心の中で激しく同意した。
 もう十年ほど前のことだが、甥っ子から咳の風邪をもらい、三か月ほど治らなかった。テレビで見た漢方薬局に行き相談すると、朝鮮人参入り和漢薬を処方され、それを飲んだらみるみる治って行ったのだった。あの頃も更年期で不眠気味、風邪を治す力もなかったのだろう。
しかし還暦のそれは、ふだん絶好調でも底力が足りない感じだ。

「やはり、そろそろ腹巻しなきゃですかね」
「おなかというよりむしろ足首。足首冷やしちゃダメよ」
「あー、足首ねぇ」
 婦人科や泌尿器系のツボは足首の辺にあるから、おばさん結構極めてるなと思った。
「一日三回の処方だけど、四時間おきぐらいにガンガン飲んじゃって。だいぶ楽になると思うよ」
 そんなに飲んじゃって平気かな・・・漢方と言えどもお薬。副作用とかどない? 肝臓に負担かかったりしない?
 「思わぬ冷えが入る時期だから、気をつけて」
 と、おばさん薬剤師は現金のみの会計を終え、言った。ルックス的に、
「養生せいやっ」
 と言われているようだった。ここは裏渋。長年、もしかしたら親の代から、周辺の飲食業者たちの面倒を見てきたのだろう。医者に行く時間も金もない、疲れても働き続けなきゃならない稼業。終身雇用と親一人子一人の経営者が、死ぬまで健康を保たねばならない街場の薬局なのだ。

 裏渋ローカルに感心しつつ、自分もフリーランスだから死ぬまで働き続けなきゃならない稼業なんだと感情移入した。渋谷のストリートをうろつく野良猫みたいに、最後まで生きて、ピンピンコロリを目指したい。
 おばさん薬剤師の処方通りに猪苓湯を四時間おきに飲み、アマゾンでポチった朝鮮人参サプリも合わせて飲み、翌日にはほぼ良くなっていた。さすが、経験こそ力なりと、痛み入る著者であった。


 
 

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