猛暑が終わり、急に寒くなった。朝方は特に冷え込み、日曜には冷たい雨が降った。日中は日が照ると暑いぐらいだから、お茶の稽古には単衣で行こうと吊るしておいたが、突然の寒さに袷を着ていった。それなのに・・・。 師匠宅は青山にありながら数寄屋造りの日本家屋で、稽古で長い間お茶室に座っていたから冷えてしまったか、頻尿で膀胱に違和感を感じるようになった。排尿時に痛みを感じるわけではないから、いわゆる膀胱炎ではない。しかし、たびたびトイレに行きたくなるのと、膀胱がゴロっとする感じで、た
梅雨入りと同時に、翻訳の仕事が入り始めた。外国企業との往来が始まり、契約書関連の翻訳者が必要になってきたのだ。 対面の仕事はないものの、やるべきことができた、そしてそれが、いくばくかの金になる。佐知は久しぶりに、生きてる実感を得ていた。 コロナ禍の二年間、ほんとうに、仕事をする振りをしながら断捨離やら、エンディングノート書きやら、いらん読書やら、さまざまな事をしてきたが、やっと、ぼちぼち日常が戻ってきたのだ。 雨の日も多く、ヨガ教室には週に一度行けるかどうかに
暇を持て余し、佐知は目黒のヨガ教室に通い始めた。頻尿が気になり、コアトレのために何か運動をしなければと思ってのことだった。 ヨガとピラティスのスタジオで、「コアトレ」「頻尿」「目黒」で検索したら出てきたのだ。 家から自転車で15分。佐知は電動自転車を持っていないので、それもいい運動になった。佐知の家から教室まではかなりの坂を登らねばならない。立ち漕ぎなんて久しぶりだった。 「うんしょー!!」 思わず掛け声をかけ、ペダルを漕ぐ。マスクが息苦しかった。 しばらく前
東京都の支援物資は、花梨が申請するとすぐ届いた。 「東京都から、支援物資のお届けに参りました」 とインターフォンで言われたとき、佐知は心の中で「しっ」と言った。ご近所の人に聞かれたくない。 「玄関置いといてください。すぐ取ります」 係員が去ってから玄関に出ると、大きな段ボール箱ふた箱と、二リットルのミネラルウォーター六本入りがひと箱置いてあった。 その上に書類袋があり、中には「感染者が気を付けること」の注意書きと、バルスオキシメーターが入っていた。 デルタ株の自
花梨は病院から帰って来ると、病院でもらった薬と、ミネラルウォーターのボトル、佐知が白髪染めに使う使い捨てグローブと、アルコールティッシュ、体温計、汚れものを入れるレジ袋、マスクを箱ごと持って、自室に籠った。 しばらくして、 「連絡はラインで。食事は部屋の前においてください」 とラインがあった。 「てか、大丈夫なの? 」 ラインで聞く。 「うん、大丈夫だよ。喉痛いのと咳だけだから。二人にうつしたくないから、私は部屋に籠る。あとお母さん、しばらく下のトイレ使ってくれる?
コロナ禍の二年間、ほとんど酒を飲まなかった花梨が、このゴールデンウィークははっちゃけていた。 自粛生活でどんどんストイックになっていたが、やはり遊びたい盛りの若者だ。遊び始めると糸を切ったタコみたいに飛んでった。 しかし、京都から終電で舞い戻ってくると、 「喉痛い、咳も止まんない」 と言う。 「いつから?」 「昨日から。京都でも一日中咳込んでた」 美優と楽しそうにインスタをあげていたから、まさかそんな状態とは思わなかった。 熱を測らせると37度1分だ。 「花粉
飲み会から終電で帰ってきた花梨は、翌朝早くに出かけた。連休最後の週末を、美優と京都に一泊旅行と決め込んだのだ。自分の稼いだ金を使ってコロナ明けを楽しむ娘が佐知は誇らしく、羨ましくも感じていた。 フリーランスの佐知はコロナ禍で仕事が減り、もはや旅行ができるほど稼いでないし、金は払ってもらえるだろうが夫と一緒にどこか旅行に行きたいとも思えなかった。
タミコはヘリテイジ煉には入らず、そのまま地下鉄に乗って自宅のある中目黒に向かった。頭が真っ白だった。あの品位ある本館は、自分の入るところではないと感じた。正しい人生に矜持を持って、我慢も美徳と感じて生きられる者だけが、許された世界。
「うわ、あたま痛っ」 翌あさ目覚めると、タミコは全裸でホテルの高級なシーツにくるまっていた。が、何があったかは覚えていない。 「...」 隣のベッドでは村田がいびきをかいて寝ている。そろりそろりとベッドを抜け出し、バスルームに向かった。
「いらっしゃ~い」 ドアを開けた村田は、なんと驚いたことに、バスローブ姿だった。 「もう風呂入ってビール飲んじゃったよ」 「え」 額に汗しながら、タミコは部屋の中に入った。窓からは虎ノ門の夜景が間近に見えた。 「素敵♡」 「だろだろ~。この夜景をタミちゃんに見せたくてさ」 タミコがバッグを置いて窓辺の椅子に座ると、村田も隣の椅子に座り、嬉しそうに言った。
村田に誘われて、新しくなったホテルオークラにタミコは赴いた。ところが、久兵衛のあるプレステージ棟に着く頃、 「サプラ~イズ!!」 と、ラインで部屋番号が送られてきたのだ。 「ちっ、嵌められた・・・」 久兵衛で寿司をサクッといただいて帰る予定だったのに、あの狸おやじ・・・。
ラインの相手は、特に好きでもないがよく食事に誘ってくれる大学教授だった。彼も飲み友達の一人で、ぎりぎりの線で付き合っている。寝ないのは、ケチなのと、顔がタイプではないからだ。