一分しまうま(毎週ショートショートnote)
男はリュックを背負い直しながら、旧街道から線路沿いの道へと出る。しばらく線路沿いに走ると無人駅が見えてきた。
と、駅の向こうの踏切から、カンカンと甲高い音が鳴り出した。
(ちょっと手前どったが、予定していた電車に乗れそうだ。これを逃したら一時間以上、旧街道の古い民家が建ち並ぶこの場所に足止めされてしまうのは、非常にまずいからな)
男は駅へ駆け込み、無人の改札口を通り抜けホームへ出ると、二両編成の電車がホームへと滑り込んで来た。
(白と黒のゼブラ模様の車両だ。嫌な色の組み合わせだ)
手動でドアを開け車内に乗り込む。運転手に男は降りる駅名を告げると、運転手は乗車証明書に今乗り込んだ駅名を書き入れ、降りた駅で清算するように告げた。
通勤ラッシュに病院へ向かう客もいない時間帯。乗車客はこの男だけ。
単線ローカル電車は、古い町並みから田園の中へと進みゆく。独特の電車の揺れに男はいつしか眠りに陥った。
「しまうま~、しまうま~」幼子のはしゃぐ声で、男は目を覚ました。
「すみません、騒がしくして」
声の主は若い女で、ベビーカーを押し、三才ぐらいの幼児と手をつなぎながら、運転席の真後ろの席へ移動していく。
電車は一分遅れで出発した。
幼児が座席に乗り、窓に進行方向に向かう窓にへばりつく。若い女が素早く靴を脱がし、ベビーカーのポケットにそれを入れる。
「まま、つぎのえきで、でんしゃ すれちがうの?」
「ええ、そうよ。どんな電車とすれ違うか、楽しみね」
「うん!」
幼児がよく知らない歌を歌う。
やがて、電車は次の駅へと滑り込む。
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱとか~♪」
待機している線路外に止まるその車体を見るなり、男の背中に大量の冷や汗があふれ出した。
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2022•7•5 加筆修正