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美を求めて(毎週ショートショートnote)(2000字のホラー)

砂色のリノリュウムに覆われた一室の、その部屋を遮るガラスの壁。青白い照明のせいか、それとも空調設備のせいか、水族館内を思わせるその場所に白衣姿の男が一人。

ひょろりした長身、丸縁の眼鏡をかけたその様は、まるで螳螂のよう。

「ああ、素敵だ。なんて素敵なんだ。君達がここにずっといていたら、もっと素敵なのに……」

男は恍惚とした表情で、ガラス板の向こうに語りかける。


――マキって、芸人Dに似てない?ーー

きっかけは、そんな会話だったと思う。

ハキハキして向日葵のような性格で、だけどもぽっちゃり体型の芸人。

――あたし、ハキハキしてないし、向日葵のような性格じゃないのに……

風呂上がり、マキは鏡に自分の姿を映し出す。鏡を見ているうちに、自分の体が全体的にふっくらしていて、特にウエストに太ももの太さが気になりだしてきた。

「痩せなきゃ……」

その夜から、マキはダイエットをはじめた。


人類はその誕生から、多くの時間を病と飢えからの生存のために費やしてきたという。それゆえに子を産み育てる女性は、脂肪を溜めやすい体質となっている。

それは日本でも同じで、飽食の時代と云われるこんにちでは、思春期頃からダイエットをはじめる者が多くなる。

だが、そのダイエットの中には、健康を損ねるようなものが昔から多々ある。


「……F病院のU先生によれば、ダイエットが引き金となって、報告数が少ない病に罹っているとのことで、こちらを紹介していただいたのです」

外見はモデル体型そのものになったマキは、食事がほとんどとれなくなってしまったのだ。

ひょろりとした長身に丸縁眼鏡のその医者は、紹介状と同封された診断書を見ながら、だんだんの険しい顔付きになっていく。

「娘さん、今、幾つ?」

「もうすぐ十八歳です」

「ダイエットを始めたのはいつ頃から?」

「中三の終わり頃から」

ダイエットを決意したマキは、次から次へといろいろなダイエットを試した。

だが、運動は長続きせず、食事を変えるのは面倒くさく、一進一退を繰り返していた。

そんなある日、あるダイエット食品を知り、さっそく取り寄せ試したのだ。

「そのダイエット食品は、どのようなものを?」

「えっと、最初は、朝食にパン一切れにお茶だった」

すると、それを食べるようになってから少しずつ痩せ、マキは理想のプロポーションへとなっていた。

「理想通りのスタイルになった頃、次の別メニューに切り替わったの」

それを食すようになってから、マキの食が進まなくなり、食べることに頓着することが増え、母親に連れられて、かかりつけ医に駆け込んだという。

そこで、大病院への紹介状が出されたという。

「ふぅむ、厄介な状態だ」

医師は急遽入院するよう告げた。

「……あたし、どうなっちゃうのかな?」

その日からマキは点滴受ける毎日。外見は健康そのものだが、じりじりと身体が思うように動かなくなっていく様に、マキはボロボロ涙を流す日々。

そして……

「手を尽くしたのですが、今夜が峠です」

医者の非情な告知に続き、マキの体の罹患の詳しい研究の為にと、マキの身体の献体の同意書が提示され……


砂色のリノリュウムに覆われた一室の青白い照明の下に、処置がすんだマキの遺体を運び込む。

「ああ、美しい。ああ、美しい。時間も手間もかけたかいがあった」

医者は産まれたままの姿のマキの両腕を広げ、無数の透明な棒でその身体を固定していく。

その遺体の下に敷かれた極彩色の布が、まるで蝶の羽根よう。

「献体解剖の保存期間が終わるその日まで、この私の元に居ておくれ」

医師は囁やき、無数の透明の棒で固定されたマキの遺体の上から、特殊加工されたアクリルの蓋で覆う。

「美しい君達が、ずっとここにいたら、もっと素敵なのに……」

男のパソコンに通知があると、腕につけたデバイスが知らせる。医師はガラス壁に囲まれたそこから出、パソコンを操作する。

「ふむ、16歳女性。この娘の情報は……」

次々と現れる個人情報。

「いいね。是非とも、ここに加えたい容貌だ」

カタカタカタカタ……


砂色のリノリュウムの一室の青白い照明の下。ガラス壁を挟んだその向こうに、極彩色の布を羽根のように広げ、無数の透明な棒で固定された若き娘らの献体が並ぶ。

――その様は、まさに昆虫標本。







こちらの裏お題「昆虫標本ダイエット」からです。

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2024.6.19 加筆修正