門出(ひなた短編文学賞.投稿作+加筆訂正版)

「結婚?!」
オウム返ししたその言葉に、ゆいはスマホ画面の向こうでうなずいた。
「……えっと、この前、彼氏だと紹介してくれた方とだよね?」
ゆいとこの前会ったのは年末で、それから5ヶ月後にこの話題。と、なれば……
「ええ。お腹に赤ちゃんがいるの」
――次のイベントで引退。
――結婚式は行わない。
――新居は、彼の仕事場近く……
ゆいのこれからの話を聞きながら、私はゆいとの出会いを思い返していた。

高校二年の学園祭準備期間のその日、私は被服室に向かっていた。
「あなたデザイン学科の子? 被服室はどこかしら」
スポーツ学科のゆいは、横断幕の修繕をするために被服室を探していた。
私はその教室へ案内し、ゆいは私一人で製作していたウエディングドレスを見るなり、素敵と目を輝かせた。
あのとき、ゆいはマネージャーに降格したばかりだったと、のちのち知ることになるのだけれど、ゆいはそんな事情を見せず横断幕を直しながら、私の非協力的なクラスメイトへの愚痴に付き合ってくれたうえ、「ねぇ、それ着てみない?」という、私の唐突の思いつきにのってくれた。
100均一の布やレースで縫製中のそのウエディングドレス。ゆいは和やかな顔で身に纏い、鏡に映ったそのさまに何度も感嘆の声を上げ、私はその姿を写真に残したいと口にしていた。

「あのとき、あなたが縫製したウエディングドレスを身に着けたとき、あたしは生まれ変わったと思うんだ」
ビデオ電話の終わり、ゆいは明るい声でそう語っていた。
なのに、私はそんなゆいに、祝福の言葉一つ口に出せなかった。
あの日の出来事は、衣裳の縫製と小物の製作し、ゆいを売り子にして、イベントに参加するきっかけになったのは確か。
「ゆいにちゃんとお祝いしなくちゃ」
私はベッドから起き上がり、ゆいへの贈り物を考える。
「そうだ」
あのときのウエディングドレスは、未だ押し入れの奥にしまっている。
「私もちゃんと伝えなくっちゃ」
押し入れの奥からそれを出し、その縫い目を解いていく。そうして布とレースに戻ったそれを洗い干していく。
空には、ピンク色の雲と眩いオレンジの光が現れていた。
――女友達に贈る場合、ピンク系の薔薇。
――オレンジのスプレー薔薇の花言葉は“幸多かれ”……
ゆいに贈るブーケは、その組合せにしよう。材料はもちろん、あの時のウエディングドレス。
そして、今度会うときに贈り物と共に告げよう。私もあなたと出会って生まれ変わったと……