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七夕異譚(毎週ショートショートnote)

彦星が誘拐された。
カササギから、その知らせを受け取った織姫は、すぐにでも彦星の住まう天の川の向こうへ駆けつけたかった。
だけど、それはできやしない。一年に一度の彦星との逢瀬の時でさえ、カササギがかけた橋の端から端まで歩くことはできるけれど、彦星側の岸に降り立つができないのだから。
歯がゆさと苛立ちで、織姫は雲錦を織る仕事に身が入らない。……と言っても、今では雲錦から糸を作る紡練、それに糸から布を織る織布も機械まかせなのだけど。
織姫は機械の調子を確かめながら、誰がなんのために彦星を誘拐したのかを考える。
彦星は牛を使い、雲錦を耕す仕事を行っている。雲錦は人の世の過去、現在、未来へと滞りなく流れる時そのもので、農機具のお陰で牛と共に仕事をしていた時よりも早く、しっかりと耕せると語っていた。
だけど、七夕の夜の前後の雲錦には、人の子の願いが多く混じり、牛にそれをより分ける仕事を手伝ってもらっているとも語っていた。
──もしかしたら、雲錦の中に彦星誘拐を知る手立てがあるかもしれない。
織姫は雲錦を集め、一つ一つほぐしていく。中から無数の色とりどりの短冊を摘み出す。
紡練はその短冊にまとわりつく文字にできなかった願い、口にできなかった思いを巻き付け、糸にしていくのだが、その短冊は子どもらが願うささやかな願いが書かれているもの。
でも、今手に取った真新しい雲錦は、呪詛じみたものや嘘偽まみれた願いのなんと多いことか。
織姫はその雲錦で糸を作り、その糸で布を織る。過去から未来を縦糸に、現在を横糸にして織る。だが、彦星の手が入っていない雲錦は布として織れても、恐ろしく脆く感じる。
そうして気付いた。彦星を誘拐した者は、織姫にそのような歴史を織らせるためなのかもしれないと。
織姫は手を止め、カササギを呼びつける。そうして織り上がったばかりの、今にも崩れそうなその布を人の世へと流し、その布の行方をカササギらに追わせた。

次の七夕の逢瀬の夜。彦星はカササギらによって、一夜限りの天の川橋の上に帰還した。


お題はこちらの「彦星誘拐」から。
大遅刻です。