春ギター(毎週ショートショートnote)
「そのギター、まだあったんだ」
そのギターを見るなり、父さんがその作業の手を止めた。
「若い頃、それを持って弾き語りに出掛けたものだ」
差し伸べられたその手に、屋根裏部屋から出したばかりのそれを手渡す。
腰に吊したタオルで胴を拭うと、薄紅色の胴がさらに鮮やかな色になった。そうして縁側に腰かけかき鳴らす。新生活になれ初めたとはいえ、まだ進学でバラバラになった彼との約束を思い出させるフレーズ。
「あら懐かしい」
叔母さんの声。
「おじいちゃんったら、それで演奏していたわね」
小学生になった頃に亡くなった祖父の話。今ではぼんやりとしか覚えていない祖父の話。
叔母さんの手に形見のギターが渡る。そうして奏でられるフレーズは、今では旅立ちのイメージが強い曲。
進学してもずっと一緒だよと語り、その約束を破った彼と、さっさと諦めなさいとさとすようなフレーズ。
「お、懐かし。俺にも弾かせて」
従兄の手に渡り、アップテンポのフレーズが次々と紡がれていく。
「ねぇ、私も弾いていい?」
父に簡単なコードを教えてもらい、たどだどしく爪弾いてみる。ビーンと痺れるエレキの弦が、私の初恋を花吹雪のように散らしていく。
お題はこちらの「春ギター」から。