リモート 6 大西洋子 2020年5月31日 22:35 川添浩樹は写真を撮られるのが苦手だ。正しくは写真に写った自分自身を見るのが苦手で、当然、動画も撮られるのも苦手だ。だが、パソコン画面に複数の顔、顔、顔。その中に自分の顔もある。思わず顔を背けたくなるが、そうもいかない。「では、授業を始める」教室で教えるように、教室で教えるように。心の中で呟きながら川添浩樹はカメラに向かう。自宅の一室を締め切ってのリモート授業。画面の向こうの、まだ直接会ってない生徒達が授業を受けている。何人かはサボっているのだが、実際の授業でもそのようなことはよくあるので、構わずに授業を進める。固定したカメラ近くに置いた子どもの目覚まし時計(ねだられて購入したもので、部屋の隅で埃を被っていた)の針を時々確認しながら授業を進める。さて、今日の授業ももうすぐ終わりの時間だ。最後に宿題を出して終えよう。そう、考えながら教科書を閉じかけたその時、部屋の中に小さな影がするりと入ってきた。川添浩樹の家で飼われている黒猫だ。「あっ、こらっ!」猫は、目覚まし時計に目印代わりに貼った付箋に前脚を伸ばす。川添浩樹は黒猫を掴もうとするが、するりするりと影は逃げ回る。たちまち画面の向こうの生徒達が注目する。それも授業をしているときよりも。川添浩樹はいつリモートを切ったのか、よく覚えていない。が、次のリモート授業の終わりに、一人の生徒が、今日は猫は出ないの? の言葉で、生徒らがハプニングとはいかなくても、また黒猫が見られないかと授業を見ている事に気付かされた。次のリモート授業から、川添浩樹は黒猫と共に行うようになった。生徒の食いつきが随分と違う物となり、五月の終わりには、黒猫がカメラの前に陣どっていた。そして……六月。川添浩樹は久し振りにカッターシャツに袖を通し、学校に向かった。それにしても、何故が人に見られる事が多いような……首を捻りながら、川添浩樹は学校に着いた。「校長、おはようございます」川添浩樹の前を歩いていた校長に声をかける。「川添? その声は川添浩樹か」「校長、何言っているのですか~ 」校長はむんずと川添の腕を掴み、生徒の登校口へと引っ張っていく。登校口入ったすぐの所で、頭が黒猫になった人間の姿が立っていた。ここは学校だろ? 遊園地じゃああるまいし。川添は目を擦ろうとして、頭が黒猫になった男も目を擦ろうとした。そう、対照的にして同時に。はたっと気付く。この場所には、全身が映る大鏡がある。 ダウンロード copy #ショートショート #キナリ杯 #キナリ杯チャレンジ 6