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家族みんなで泣いた日

ビジネスホテルで1週間過ごした後、僕は妻と子の待つ家へと帰った。

離れて過ごしてみると、寂しさを感じるのと同時に、「こんな生活も悪くないかもな」と思った。

というか、あまり普段と変わらないかもしれない、と感じていた。

僕は1日の中で朝の出勤前しか、家族と過ごす時間をもっていない。

それだって、朝から家族団欒なんて様子ではなく、
バタバタする中で支度をして、
押し出されるようにして家を出るわけで。

自分のペースで準備ができるだけ、今回のビジネスホテル生活は決して悪いものではなかった。


ビジネスホテル生活5日目。金曜日に妻から連絡があった。

「実家の姉から連絡があったから土曜日に帰りたいんだけど」

(妻の姉は精神的に弱く、よく土曜日に妻をよびだしていた。
それを逆手にとって彼女は不倫していたのだ。)

ぼくは、
「仕事だから、ごめんね。
もし帰るなら娘を連れて帰れるかな?」
と返信しておいた。

本当に実家に帰るとしても、
例のあいつに会いにいくんだとしても、
いずれにせよ娘は連れていけない事は知っている。

妻から返信はなかった。


そして日曜日。

ビジネスホテルをチェックアウトして、家路についた。

1週間とはいえ、こんなにも家を空けたことは今までに一度もなかった。
妻や娘はどんなふうに過ごしたんだろうか。

いつも寝た頃に帰ってくる父親を、少しは心配してくれただろうか。

いつもの駅を降りると、日曜日の夕方に1人でこの道を通るのが初めてだった事に気付いた。
街はいつもより暖かい雰囲気に包まれていた。

少し歩くと、マンションとマンションの間から僕の家が見えた。
ふっ、と現実に帰ってきた気がして、
僕なりの反抗としてのビジネスホテル生活だったが、結局帰るところはこの家なんだな、
と思った。


家に入ると、娘が泣いていた。


妻に叱られていたらしい。

意外だったのは、妻も泣いていた事だった。

僕は妻と娘の親子喧嘩の最中に帰宅したようだ。
相変わらずの間の悪さは、天性のものだろうか。


娘はドアを開けた僕をみると、僕に抱きついてさらに泣いた。


普段は無意味な事までペラペラと喋る娘が、
言葉にならないほど嗚咽して泣いていた。

親子喧嘩の原因は分からなかったが、
娘の感情はすぐに全てわかった。

僕は、そこで初めて、自分が何をしてしまったのか理解した。

なんの罪もない、
この無償の愛を注いでくれる娘を、
こんなに泣かせてしまうほど不安にさせてしまっていた。


妻の不倫に、自分だけが傷ついていると思い込んで、
自分勝手に家出をして、連絡すら碌に入れず。

娘にとって自分がどれほど大きな存在なのか、
そこで初めて気づくほどに僕は鈍感で間抜けだった。


全力で感情をぶつけてくるこの子の健気さに、
僕も泣いてしまった。

情けなさと、
ごめんねと、
寂しさと、
悲しさ、

全ての感情が全部溢れてしまった。

娘と抱き合って、
2人で声をあげて泣いていた。

少し落ち着いてから妻の方をみると、
彼女は料理の手を止めて椅子に座り、
声も出さずに泣いていた。

妻の顔は、僕や娘のそれとは違い、
泣く事に引け目を感じるようなそんな表情で、
ただ一点を見つめて、脱力していた。


娘は僕と離れようとしなかったが、
ずっとこのままというわけにもいかなかったので、
ごめんね、と謝った後に「ごはんにしよっか」と仕切り直した。

妻は静かに頷くと、
椅子から力なく立ち上がり、料理を再開した。


その間に着替えを済ませ、
泣きじゃくった顔を洗って、
食卓に戻った。
娘は一瞬たりとも僕から離れることはなかった。

晩御飯はかぼちゃの煮物とオムライスで、
自宅のご飯らしい優しい味がした。


娘はすっかり泣き止んで、
「パパどこ行ってたの?」
「なんのお仕事だったの?」
と、食事の手を止めながら聞いてきた。

家出だったんだよ、なんて言えず、
「12月は忙しいんだよ」なんて言い訳で交わし続けた。


食事も終わり、お風呂も済ませると、
娘はあっという間に寝てしまった。

僕も寝てしまいそうだったが、
流石に「家出」というある種の意思表示をした後、なにも言わずに終わらせることは出来なかった。

眠った娘を寝室に残してリビングに戻ると、
妻は白湯を準備していた。

「お疲れ様。」

妻はいつもより更に張りのない声で、
僕にティーカップを差し出した。

まだ、僕は意地を張っているようだった。
何も言葉が出てこない。
「ごめんな、1週間も」とか、
「全部知ってるよ」とか、

たくさんの言葉が喉の手前まで登ってきては、
自分にもよくわからない感情によって胸の方に押し返された。

妻から見たら、すごく怒っているように見えたかもしれない。

思考が頭をぐるぐる回り、
言葉が喉元を行ったり来たりしていたせいで、
僕は表情をこわばらせていたから。

妻との間に置かれた白湯の入ったポットだけに視線を置いていた。

2人の間には不自然な沈黙が流れていた。

そんな時間を前に進めたのは妻だった。

「仕事、忙しいの?」

僕の家出を真正面から捉えてシラを切るような言葉が飛んできた。

本当は知ってるくせに。
自分の不倫を知った夫が意思表示として家出したことに気がついているくせに、
あくまでもシラを切る方向で話を切り出してきた。


煮えたぎるような怒りが胸の奥から湧き出して、
後頭部がピリピリするのを感じた。

と、ほぼ同時に、
自分が今まで家庭に何を提供してきた?
という、後ろめたさが冷水のように怒りを上書きした。


思えば最初から、僕はこの2つの感情に翻弄されてきた。


不倫をしているかも…
でもそれは、僕のせいかも…


そんな感情の揺り返しで、僕はここ数ヶ月ずっと悩んできた。



妻の不貞に傷つき、
それを咎める事もできず、
家出なんて幼稚な反抗をして、
娘を不安にさせた。

妻の不倫相手は尊敬する友達で、
僕よりもずっと魅力的な奴で、
そりゃそうだよな、なんて自嘲的に思ってしまう。

気の弱い自分のささやかな反抗の末、
妻は謝る事もせずにシラを切り続ける。


もう全てが情けなくて、
全て許せなくて、
何もわからなくなってしまった。


気がついたらまた僕は泣いていた。
もう、堪える事が出来なかった。

顔は見えなかったが、妻も泣いていた。

2人の小さな嗚咽と、鼻を啜る音が、
深夜のリビングに響いていた。


出来事を整理しながら思い出していたら長くなってしまったので、
続きは近々、記憶が鮮明なうちに書きたいと思います。

ここ数日、仕事が本当に忙しくてnoteの更新をする余裕がありませんでした。
すみません。

そんな中でも、過去の自分の記事がたくさんの人の目に触れて、
リアクションしてもらえた事は本当に支えになりました。

これから更に寒い日が続きますが、お身体に気をつけてお過ごしください。
来週までには、妻との会話やその後の進捗などご報告できたらと思います。

引き続きよろしくお願いします。

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