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#4 横浜駅近くにある立ち入れない謎の三角地帯を最新調査報告!

横浜駅近の超1等地にある入れない三角地帯

横浜駅から直線距離で約200mほど、みなみ東口を出て郵便局と崎陽軒本店の間を通り万里橋を渡った少し先にある謎の三角地帯をご存知だろうか?(画像✚の場所)

【国土地理院地図より】

この場所は登記上は宅地だがJR根岸線、京急本線、帷子川に囲まれているために徒歩で入ることは出来ず道路に面していないため建物を建てる事も出来ない土地となっているがバブル期には2億円で売買された事もある。
一部(?)の土地マニア、鉄道マニアの間で話題になり2014年に「はまれぽ.com」さんが当時の所有者を調査し記事にし、2021年にはTBSの「出動!謎ときヒーロー」という番組でも同じように取り上げられた。
はまれぽさんが当時の所有者の田辺建設さんに取材した記事のリンクは下記参照。
【用途不明な三角地帯が2億円!? JR横浜駅―桜木町間、「入れない三角形」の土地はどうなる?】

その後や田辺建設さんが所有する以前に関して詳しく調査しているブログやサイトは見当たらなかったので当方で調査し新たに発見した事を記事にした。

いつから三角地帯なのか?

先ずはこの三角地帯がいつからあるのか?だが、現在の横浜駅の場所は三代目である。今の場所は1928年に開業した。二代目は今のみなとみらい線の新高島駅の近くにあったが関東大震災により倒壊。
今の横浜駅がある場所は石油会社があったがこちらも倒壊しこの敷地に移転することになった。
今のJR根岸線の横浜~桜木町間の線路は三代目開業時からある。京急本線(当時は京濱電気鉄道)の横浜~日ノ出間が開通したのが1931年なので90年以上前にはすでにこの線路と川に囲まれた三角地帯はあったことになる。

【1933年東京日日新聞】

直近の不動産登記を調べる

三角地帯が出来た経緯がわかったので本題となる不動産登記を取ってみた。今は便利な世の中でオンラインで取得する事が出来る。
(尚、登記情報は個人情報に該当するので田辺建設さん以外はイニシャルで記した)
新しく判明した事は令和4年に田辺建設さんからHという会社に所有権が移転していた!
どういう経緯かは直接取材していないので不明だが進展があった。田辺建設さんと何かつながりがある会社さんなのだろうか?
新しい事が判明したので次は田辺建設さんが所有する前の時期を調査した(個人的にはこっちの方が気になる)

過去の所有者を調べる

「昭和63年法務省令第37号附則第2条第2項の規定」というのがあり、今まで紙で管理していたのをコンピューターで管理しなさいという法務省からの指示で平成2年に田辺建設さんが所有する以前の情報はオンライン申請では知ることが出来ず、法務局に出向き紙の登記簿謄本により入手した。 まず驚いたのが数十年の間にかなりの数の個人や企業間で所有権移転があり途中に差押、強制競売申立などもあったこと。 そして登記の一番最初にあった「鉄道用地」という記載!この土地は関東大震災後に鉄道用地として登記された場所と判明しなんだか感動した。
その次が昭和5年京濱電気鉄道株式会社(現京浜急行電鉄)に所有権移転し更には昭和17年には合併のため東京急行電鉄株式会社に所有権が移転している(その後に分離したがここではそれらの詳しい話は割愛) あの三角地帯が横浜駅三代目移転と密接な関係がある鉄道用地だったことがわかった。 その後は株式会社Oに所有権が移り、Oさん、Sさん、Tさん、Hさんなどの個人や10社近い法人の間で所有権が移転されている。 前出の田辺建設さんは実は平成2年の前に昭和58年に一度この三角地帯を所有している。昭和63年にNという会社に所有権が移転されたあとに再び田辺建設さん戻っている事も興味深いがここではその経緯を憶測で書くのは控えたい。

最後に

この場所も鉄道遺構とも言えると個人的に思うが、この三角地帯がもしかしたら将来、宝の山となる可能性も否定は出来ないと思った。 何故なら並行して走っていた東急東横線が2004年に横浜~桜木町間が廃線となり地下化されたみなとみらい線に直通された。
今後何十年か先に横浜駅の大規模改修(線路の地下化など)があるかもしれない…と過去の所有者は期待していたのかもしれない。



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