Photo by betalayertale 【鞠つき】 5 紗希 2019年9月21日 14:56 高校生活1日目。周りに知り合いはいない。私はやる事もなくて、黙って座っていた。その時、1人のクラスメイトが話しかけてきた。「わたしは林。林 万里絵。今日から同じクラスだね。よろしくね」「私は宮城 さやか。こちらこそ宜しく」私たちは握手をした。すると林さんが、小声でこう言った。「松本 洋子には近づかない方がいい」「松本さん?あぁ、この学校に一番の成績で入った人ね。でもなんで?」「あの子は鞠をつくから」それだけ言うと、林さんは行ってしまった。鞠をつく?何かの暗号だろうか…。この女子校は学区内でも偏差値が高い。松本 洋子さんは、かなりの成績でトップ合格したと聞いている。私はやっと、引っかかった程度だから比べものにならない。担任の小野田先生が入ってきた。童顔が可愛い女の先生だ。「今日はみなさんに、自己紹介をしてもらいますね。右端の一番前の人からお願いします」みんな好きな芸能人のことや、将来の目標などを話している。私は羨ましく聞いていた。目標など私にはまだない。とにかく皆んなに遅れないようにしなきゃ。「では、松本 洋子さん」小野田先生に呼ばれて、松本さんが立ち上がり話した。「松本 洋子です。私の目標は東大に入り、大学院を卒業後、ハーバード大学に留学することです」それだけ話すと、さっさと座った。教室内が微妙な空気になった。そして私の番だ。「宮城 さやかです。将来のことは、まだ何も考えいません。えーと、嵐のファンです」そう言うと誰かが「わたしも〜」と、言ったので、教室内は笑い声が響いた。帰宅途中、母から頼まれた品物を買う為にスーパーに向かっていた。「宮城さん」と声をかけられ、振り向くと、林さんがいた。「宮城さんは嵐が好きなんだね。実はわたしもなの」「そうなんだ!誰か好き?」「うーん、誰か1人には決められないや。みんな好きだな。宮城さんは?」「私は大ちゃんが一番かな」「そっか、寂しくなるね」「うん、でも大ちゃんが決めたことだから。それよりさっきの話しなんだけど」「さっき?なんだっけ」「松本さんが鞠をつく、っていう」林さんは、しばらく黙っていたけれど、決心したように言った。「まだ知り合ったばかりなのに変かもしれないけど、宮城さん、わたしの家に泊まりに来ない?」「え!別にいいけど、何か関係あるの?」「うん、言葉で話すより見てもらった方が早いから」「分かった。許可を取っておく。近いの?」「水口っていう駅知ってる?」「あぁ、スーパー銭湯があるよね」「そうそう、駅からは近いよ。今度の金曜日でどう?」「たぶん大丈夫」「駅に着いたら電話して。迎えに行くから」「分かった」そう言って私たち別れた。金曜日になり、私はいま水口駅にいる。林さんのお母さんに、気を使わせたく無かったから、夕食時は避けた。時を廻っていた。さっそく林さんに電話をかけた。10分後に彼女は改札まで来てくれた。「行こうか」「うん、よろしく」林さんの家はタワーマンションの11階だった。玄関を上がり、林さんの両親に挨拶をして、彼女の部屋に行った。ここはタワーマンションが何棟も建っているので、まるで都会のビル群のようだ。私の家は築30年は経つ、一軒家なので、こういったマンションには憧れがある。林さんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。私はとにかく松本さんのことが知りたくて、たまらない。そんな私の様子を見て、林さんが、「まだ時間があるの。だからゲームでもしてよう」そう言われて私たちはケーキを食べながらゲームに没頭した。少し眠気が来たとき、何かの音が微かに聞こえた。私は林さんを見た。林さんは、窓を少しだけ開けて外を見ている。そして私に手招きをした。私は少し怖くなっていたので、見たいような、見たくないような気持ちだった。「宮城さん、早く」林さんな呼ばれ、恐々と窓に近づいた。「あれを見て」私は窓から少しだけ顔を出して外を見てみた。「向かいの棟の非常階段を見てごらん」え!そこには松本さんが居たのだ。両手でボールみたいな物を持っている。すると、鞠つきを始めたのだ。あの歌を歌いながら松本さんが鞠をついている。『てんてんてんまり てん手まりてんてん手まりの手がそれてどこからどこまで とんでった』私は震えてしまい窓から離れた。林さんが静かに窓を閉めた。「いったいどういう事?いつから松本さんは…」「第一志望の高校を落ちてから始まったの」私は黙って聞いていた。「松本さんの家は、教育熱心で有名なの。特にお母さんが。だから松本さんが超難関な私立高校を落ちた時には、お母さんは半狂乱になったらしいの」「先日の自己紹介で松本さんが言ったことは事実だけど、本当に彼女の願望なのか、お母さんのなのか分からないよね。可哀想だと思う」私たちはしばらく黙っていた。深夜0時を過ぎていたので、寝ることにしたが、相変わらず松本さんの歌声が小さく聴こえてくるので、私は中々、寝付けなかった。その後、私は高校生活に慣れて、林さん以外にも友達もでき、松本さんのことは考えなくなっていた。ただ、彼女が東大に合格しますようにとは願っている。3年になると、松本さんは余り学校に来なくなった。噂では塾と家庭教師に忙しいらしい。そして卒業することになり、私は地元の大学に行くことにした。林さんとも話す機会が減ったまま、私は高校を卒業した。春休みに私は久しぶりに林さんに電話をかけてみた。「宮城さん!わぁ元気?」林さんは広島の大学に行くとのことだった。私は聞こうかどうか迷っていると、林さんの方から、「松本さんのことでしょう?私もよく知らないのよ。彼女の家族は引っ越しちゃったし、卒業式にも来なかったでしょう?ただね、東大はダメだったみたいよ」メールしてね、と約束して電話を切った。その頃、北国では遅い春を迎えていた。溶けだした雪の下から春の訪れを告げる山菜が、あちこちで顔を出している。この日も1人の老婆がふきのとうや土筆を探して、畦道を歩いていた。すると急に歩くのをやめた老婆は、目を見開いて、悲鳴を上げながら元来た道を必死に戻っていった。溶けた雪の下に、2人の女が目を閉じて横たわっていた。若いほうの女は、赤く綺麗な刺繍の入った鞠を胸に抱いていた。その顔は、微笑みを浮かべて眠っているかのようだったと訊いた。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #大学受験 #母と娘 #真夜中 #超短篇小説 #読んでくれてありがとうございます #手毬唄 5