【童話】 下北沢のとある店
いま考えても判らない。
あれは何屋さんだったんだろう。
でも、私があの店を気に入っていたのは事実であり。
薄暗い店内でいつも珈琲を飲んでいたのは確かだ。
そして私一人でいたことも。
何故か昼間に行ったことはなく、夜の遅い時間にしか行かなかった。
狭くてごちゃごちゃと物が溢れているのに気持ちが落ち着く空間。
あんな感覚はあの店だけのものだ。
自分以外に人が居た記憶がない。
店の人すら居たのかどうか。
いつの間にか目の前に、ゆらゆらと湯気を漂わせた珈琲カップが置かれているのだ。
そういえば
滅多にはなかったが何かの気配を感じたことがある。
姿は見ていない。
なのにその“何か”は、まるで魔女のような姿をした、かなり年老いた占い師だったことを私は知っている。
何故しっているのだろう。
判らない。
不思議なことに、その店に居ると必ず雨が降り出す。
それまで明るい月が夜空にあったのに、気が付くと、静かな雨音が聴こえている。
そんなことが幾度もあった。
下北沢にあった、とある店。
姿形を消した店。
ある日
忽然と消えた。
けれどこれも私は知っているのだ。
その店が、ある晩、歩道橋から月にジャンプしたことを。
観てたわけでもないのに
何故か私は知っている。
了
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