【童話】 下北沢のとある店 28 紗希 2022年8月26日 04:44 いま考えても判らない。あれは何屋さんだったんだろう。でも、私があの店を気に入っていたのは事実であり。薄暗い店内でいつも珈琲を飲んでいたのは確かだ。そして私一人でいたことも。何故か昼間に行ったことはなく、夜の遅い時間にしか行かなかった。狭くてごちゃごちゃと物が溢れているのに気持ちが落ち着く空間。あんな感覚はあの店だけのものだ。自分以外に人が居た記憶がない。店の人すら居たのかどうか。いつの間にか目の前に、ゆらゆらと湯気を漂わせた珈琲カップが置かれているのだ。そういえば滅多にはなかったが何かの気配を感じたことがある。姿は見ていない。なのにその“何か”は、まるで魔女のような姿をした、かなり年老いた占い師だったことを私は知っている。何故しっているのだろう。判らない。不思議なことに、その店に居ると必ず雨が降り出す。それまで明るい月が夜空にあったのに、気が付くと、静かな雨音が聴こえている。そんなことが幾度もあった。下北沢にあった、とある店。姿形を消した店。ある日忽然と消えた。けれどこれも私は知っているのだ。その店が、ある晩、歩道橋から月にジャンプしたことを。観てたわけでもないのに何故か私は知っている。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #記憶 #下北沢 #雨音 #本当にあった不思議な話 #夜遅く 28